その日、日曜日にもかかわらず朝早く家を出た筆者は、初めてJR桜島線に乗っていた。
JR桜島線はいわゆる盲腸線で、大阪環状線西九条駅から伸びている。
駅は2つしかない。終点桜島駅からは臨時バスに乗り、舞洲スポーツアイランドに向かう。
舞洲とは人工島で、大阪オリンピック開催時にはメイン会場になる。
今日は10月20日、『'96 朝日インラインスケートDDIポケットカップ』の当日だった。
西日本でこのようなインラインスケートの大会が開催されるのは初めてのことらしい。 しかし、インラインスケート人口はけっこう多いようで、エントリーは780名だった (東は長野から西は広島まで、上は60歳から下は6歳までの参加者があったそうだ)。 競技は3種目あり、ロードレース、スラローム、ローラーホッケーだ。 特にローラーホッケーは人気で、男子は90チーム以上のエントリーがあったという。
筆者は、3種類の種目のうちスラロームだけにエントリーしていた。
そして、大会出場は初めてなので、近所の公園で実際のセット
と同じポール(あるいはパイロン)間隔にパイロン(ポールは持ってないのだ)を並べて練習した。
ただし、実際のセットと同じといっても80mの距離をとることができなかったので、
最後の4ポール分は置くことがでなかった。この時は、リズム変化(ポール4m間隔、
パイロン3m間隔)の練習ができればいい、と考えていたのでそれでよしとした。
しかしこの時、これが重大な結果を生むとは予想だにしなかった。
滑ってみて、まず気がついたことは、いつものスキー練習よりパイロンの間隔が広い、
ということだった。かの『膝グニュグニュ滑り』では間延びしてしまう。つまり、
加速しないのだ。滑り方を変えなければならない。試行錯誤を繰り返し、ようやくこれかな?
という滑り方に落ち着いた。また、意外とスタートから最初のポールまでの距離が短いため、
スタートの練習もした。しかし、ポールではなくパイロンだったので、
ポールをはらうイメージしなければならなかった。競技スキーである程度の慣れがあるとはいえ、
同じようにやるのがいいのかはわからないままだった。そして、当日を迎えたのだった。
開会式後、スラロームコースへ向かった。 スラロームコースは会場のすみっこ、しかも入り口から一番離れたところにあった。 なんとなくマイナーな気分になったのは否めない。
それはさておき、競技スタートまで時間があり、それまでは自由に練習させてくれていた。
ポールを置いての練習をしていない筆者にとっては幸いだった。
ちなみに、ポールは競技スキーのポールと違い、身体にあたる部分は細く柔らかいものだった。
速い人を見ると、腕であたってはらうというより、手のひらでどける、というような感じだった。
練習できたといっても、本番とまったく同じように練習できたわけではない。
タイムを計測する光電管(スタートとゴールにあり、スタートの光電管を通過すると計測開始、
ゴールの光電管を通過すると計測ストップとなる)を通過できないため、
ゴールに近い最後2ポールは練習できなかった。
この時、筆者は最後2ポールに入るときのスピードに関して若干の不安を感じたのだが、
あまり気にとめなかった。ま、調整できるだろう、と。
しかし、この事は重大なことだったのだ。
この不安は現実のものとなる...
競技開始。とはいっても時間内の好きなときに1本滑るだけなので、焦ることもない。 とにかくスタートでスピードをつかみたかった筆者はしばらくスタートの練習を繰り返した。 しかし、練習の感触を忘れないうちに滑りたいのも正直な気持ちだ。
スタートエリアに立つ。
競技スキーほどではないが、スタート直前の緊張感...
スタート!
ダッシュ!
光電管を通過!
思ったよりスピードが出ない。
もどかしい思いをしながら最初のポールへ。
焦りが生まれた。
なんとなく動きがぎくしゃくする。
1セット目のポールを抜けてパイロンへ。
ここはパイロン間が短いので『膝グニュグニュ滑り』が使える。
ようやく加速してきた。
スピードにのって2セット目のポールへ突入する。
1本..
2本..
3本..
4本..
そして公園での練習でも直前の練習でも体験したことのない5本目へ...
ここで不安は現実のものとなった。スピードに身体が遅れだしていたのだった。5本目は何とかクリア。
しかし、最後のポールは目の前にあった。
これがスキーだったら、内足の板をポールに引っかけて転倒、コースアウトだっただろう。
さすがにインラインスケートには長さがない。身体を使うことによって引っかけずに
最終ポールを通過!
瞬間...
ポールをクリアするために使った身体は大きくバランスを崩す。
滑り込むはずのゴール直前で転倒、ゴールに足を向けて仰向けになった。
ゴールまであと1mだった...
あきらめの悪い(いや、勝負を捨てない、としておこう;-)筆者はそのままの体勢
(仰向けで這う?)で前進。照れと愛想が混じった笑顔をゴールのスタッフに振り
まきながら足でゴールを切ったのだった...
タイムは... 16秒212だった。その時点のトップより5秒近く遅かった。
まぁ、あたりまえといえばあたりまえだが、かなり遅い。
とはいえ、インラインスケートのスラロームがどういうものかがわかった。
同じルールで行われる『ぎふ長良川カップ』で頑張るとしよう。(賞品もいいし:-)
それから、転倒の「効果」だが、ふくらはぎ外側と太もも裏側に広範囲に渡る擦り傷、
野辺山合宿の菊池さんのようになってしまった。(菊池さんごめんなさい:p)
うぅ、マキロンがしみるぜ...
不本意な成績で競技を終えた筆者は、カメラ片手に大会見学へ。 このカメラは、手持ちのカメラの電池が切れているのを前夜発見したため、 大阪駅で買った『写るんです』のAPS版だ。望遠機能がないため、 各写真が小さくて見づらいのはご容赦願いたい。
目立つのはローラーホッケーだ。
ストリート系の格好からアイスホッケーの揃いのユニフォームまで、
色とりどりの人たちが4つあるホッケーコートを囲んで歓声をあげていた。
いくつかのクラスに分けられたロードレースも本格的な人から
初心者までいろんなレベルの人が楽しんでいた。
ゴール直後には何人かがへたり込んでいる。
これはこれで気持ちいいのだと思う。
筆者もロードレースにエントリーすればよかったと後悔したのだった。
ともすれば勝負に走りがちの一般クラスに比べてファミリークラスは見ていて楽しいものだった。
いや、滑っている人たちは*きっと*もっと楽しいだろう。
ファミリークラスは、他のクラスに比べて短い距離ではあるが、仮装して滑るのだった。
メインステージ前の広場ではチーム・ローラーブレード・ ジャパン with コモリ・イチのアトラクションや 無料レンタル&講習の人たち、時間があいた多くの人が滑っていた。 ここでいつものスキーの練習とは違う滑りを見ることができた。 跳ぶは踊るは小技は出るわ、貴重な機会じゃないだろうか。筆者自身も練習もできた。 だいたいこんなにたくさんのいろんなことをやってる人がいるのを見ると 楽しくなってしまうではないか。
しばらく楽しんでいた筆者は、国民の権利を行使する(衆議院選挙)ために舞洲を 去ったのだった。
それではまた!!
次回は再び合宿だ!!