米国西海岸ドライブの旅


レンタカーを借りて、国立公園巡りをやってみよう!


田中 慎二





旅行すら行けないような、貧乏学生であった私は、
「就職したら旅行するんだ」の一念でなんとか卒業し、
地元の鉄工所に就職することができました。
旅行ができる程度に給料がもらえるようになった数年後、
金はあるがヒマが無い状態
(普通の会社員)になっている自分に気づきました。
しかし、「今旅行しなきゃ一生できない」と考え、「旅」を始めました。

スイス、ネパ−ル、にも行きましたが、
安価で楽しめるアメリカの国立公園に魅せられ、
一生の趣味として何度か旅行しています。
結婚後は旅のペ−スは減ったものの、
行けるときに行く(キリギリスのようなもの)よう努力中です。

定年後はアメリカの老夫婦にみられるように、
夏は北部、冬は南部をゆっくりキャンピングカ−で回る。
そんな生活にしたいな、と「夢」みています。

私の米国旅行は航空券とレンタカ−予約証のみ手配して、
とりあえずアメリカ大陸に立ち、車に乗ることから始まります。
ご紹介するアメリカ旅行記にはドライブル−トを記載していますので、
米国道路地図をみながら楽しむこともできます。
(大きな書店で入手可能です)






<レポート内で使用している用語の紹介>
YCAT :横浜シティ−エアタ−ミナル(空港リムジンバスの発着場)
SQ12 :シンガポ−ル航空12便
SQ11 :シンガポ−ル航空11便
L.A :ロスアンゼルス
S.F :サンフランシスコ
AVIS :エイビスレンタカ−(メジャ−なレンタカ−会社のひとつ)
N.P :ナショナルパ−ク(国立公園)
I−○○ :インタ−ステ−トハイウェイ
大きなハイウェイで、通常の最高速度は65マイル
(約105km/h)
R○○ :その他のハイウェイ
通常の最高速度は55マイル(約88km/h)
down town :私は「市街地」と理解している。





<トータル日程9日間のドライブ>

土曜日

11:20YCAT発→成田14:00着、夕方 成田発(SQ12)→ 昼L.A着(前日が寝不足のため、機内では久しぶりに熟睡できた。3時間くらいでL.A着の感覚であった。)到着が2時間遅れ、さらに入国に2時間(他の便と重なったため)かかったので、予約していた S.F への連絡便に乗れなかった。
どうしようかと一考したが、人間あきらめが肝心である。「なんとかなるさ!」と思い、とりあえずチケットカウンターで事情を説明したところ、次便に空席があったので、それでS.Fに向うことができた(16:00発)。

空路 S.F着、レンタカ−を借りて宿探し・・の予定が。
S. F空港のAVISカウンタ−で予約していたレンタカ−を借りようとしたが、日本の免許証を忘れていたため借りられなかった。(国際免許証と日本の免許証が必要とのこと)ス−パ−バリュ−(AVISの格安料金 約130ドル/週)でレンタカ−代を節約するつもりができず、落ち込んだが「なんとかなるさ!」と開き直り、とりあえず空港バスで S.F down town へ向かうことにした。
空港バスは有名ホテルごとに止まっていくシステムで、ビンボ−な私には不可解なシステムであった。(このシステムは”door to door”というそうだ。そんなこと知らんかったわい)
とりあえず、運転手に「私は安い宿を探しているんだけど」と相談したら「じゃあ、この辺で降りて探せば!」と教えてくれた。 ひとまず、次のキンキラキンに光っているホテルで降りて探すことにした。
交差点には浮浪者は居るし、街は臭いし・・・と思いながら、歩いていると、日本人が声を掛けてくれた。私の姿を見て、”寝床を探しているんだな”と思ったそうで、その晩はその人の部屋の床で寝ることになった。(確か、ガイドブックに出ている安宿で、管理がとてもル−ズなため無断宿泊が容易であったように記憶している。)

日曜日

レンタカ−がないと私の旅行が始まらないので、朝一でレンタカ−屋を探しに歩く。割と近くの(詳しい場所は忘れた)バジェットレンタカ−で40$/day で借りることができた(バジェットはメジャ−なレンタカ−会社なので少し高い)。

ヨセミテN.Pへ向けて出発!
昼食は Burger King でとったが、田舎にいくと日本人が珍しいのか、じろじろと見られてしまった。ヨセミテには夕方に到着!
観光は明日に回して寝床を探す。 N.P内の camp 場は”Full”であったので、Tunnel viewのところで車中泊となった。(それにしてもN.P内のcamp場は11ドル/nightと高かった)


−本日の経路−
San Francisco−Oakland bay bridge(サンフランシスコ・オ−クランド・ベイブリッジ)を渡る。(S.Fからオ−クランドへは無料、反対方向は有料)→R24で Walnut Creek へ → I−680 south(インタ−ステイトハイウェイ680号線を南方に向かう)を走り I−580 east に入る →  Livermore から11マイルで I−205に入る→I−205 east を14マイル行ってR120に入る → R120を約100マイル行くとYOSEMITE N.P 着(R120に入ると所々に YOSEMITE N.Pの看板あり)


バジェットレンタカ−で借りたスバルレオーネ


さすがにアメリカの道は広い。
前を走る大きな車も小さく見えてしまう。

月曜日

ヨセミテ観光。先ずは有名なヨセミテ滝を見に行く。雪解け水により、水量が豊富で迫力満点!。 滝の上へ登るトレイル(ハイキング道)は整備されていたものの、降りてきた人をみると汗だくの状態であった。
こういうところへ来ると、ハリキッって登ってしまうが、時差ボケで身体がだるいため、登らなかった。 とりあえず”絵はがき”を買って満足する。
本日は、天気も良く、ほのぼのとしていて、散歩するには良い日であった。ここは上高地のスケ−ルを大きくしたような N.P であると感じた。
公園の奥へ行きたかったが Road closed(残雪による道路封鎖)のため行けなかった。やはり、ここへ来るなら、涼しくて水量豊富な6月が最適なのであろうか。


シンガポ−ル航空へリコンファ−ムの電話をするが返事は「只今 computer down につき明日電話するように」との computer (english) VOICE」。何度か電話したものの返事は同じであった。他の旅行者もリコンファ−ムできないのだから、座席確保は明日再トライするぞ!


ヨセミテ滝
豊富な水量に圧倒される。


ヨセミテの典型的な眺め


本日の寝床は公園外の WAWONA camp場。シャワー設備なし。6ドル/night。
同 camp 場には、西ドイツの女子大学生2人組と米人親子(父、息子2人(5歳と3歳))と私の3グループ。 N.P内はどこも Full なのに、少し離れると空いている(キャンプ場の規模は20張り程度だった。)
夕食の準備を始めた頃から、みぞれが降ってきた。さすがに山中、寒い!。米人親子から薪をプレゼントされ、このおかげで暖をとりながら料理と食事をすることができた。米人は在日米軍に居たらしく、ベトナム・那覇・横須賀・佐世保などの話を私にしてくれた。(疲れていたので、何を聞いたのかあまり覚えていない)
食後はあまりの寒さに、皿も洗わずに寝袋に入る。 彼ら親子は、普段着のまま防水シ−ト1枚に親子3人くるまって、寝ている。こちらはテント+寝袋(3シ−ズン用)だったので、少し冷えた程度。アングロサクソン系の耐寒力には脱帽する。

ドイツの2人組みは、車中泊(毛布にくるまっていた)。 たき火(暖)をしている時に、うらやましそうにこちらを見ていたので声をかけたが、来なかった。こんなところで一人でcampする日本人なんてそうはいないので、変人に思われたのかもしれない。

食事はパンと牛乳やRamen(ら−めん)、パスタなど。車で30分程の店で購入。





ヨセミテ国立公園外の(最も近い)キャンプ場。
私の他は、元在日米軍の父と子供(4才と2才)&ドイツの女子学生2人。
米人親子は、こんなに寒いのに、ブルーシート1枚で寝ていた。

火曜日

朝、再度ヨセミテへ行き、見納めた後 Fresno へ移動。山を抜けて平地にでると、なにかホッ!とする。 Fresno のモ−テル泊。このモ−テルはインド系米人の経営で、宿代支払い時に住友VISAを見せたら上機嫌になった。 彼曰く「sumitomo bankは庶民の味方。このモ−テルを作るとき、他の銀行は我々移民には金を貸してくれなかったが、あそこの(指さして)sumitomoだけは貸してくれた。」とのお話。
ナンバ−プレ−トが”CITY COWBOY ”の特大ピックアップトラックが駐車してあった(ド迫力!)。Fresno は平たい町で、バイパス道路の建設中であった。 ここはカリフォルニア中部の Principal city である。

−本日の経路−
R41 south で Fresno へ(約90マイル)

水曜日

Kings Canyon N.P と Sequoia N.P へ行く。 Kings Canyon N.P の奥へ行こうとしたが残雪のためroad closed。
中学英語の教科書に載っていた sequoia N.P は、でかい木だらけじゃ。観ていると中学の頃を思い出して、少し懐かしかった。教科書を思い出して最大の木がある場所まで歩いた。徒歩で約1時間30分。夏になれば観光馬車が出るらしいが、今はシ−ズン前。人通りも少なく、降りてくる人と挨拶をかわすのが楽しいくらい。途中、日本人カップルと思って挨拶したら韓国の新婚さんであった。目的場所へ到着したが196?年に倒れたので迫力に欠ける。ガックリきた、帰ろ。
午後2時頃 S.Fへ向けて出発。 深夜 S.F着。初日に泊まったホテルへ侵入し、日本人をみつけて泊まる。

−本日の経路−
Fresno のR180eastを約90マイルで Kings Canyon N.P と Sequoia N.P へ→R198west を50マイルで Visalia へ→R198west(Hanford経由)を50マイルでR5 に入る。
→ R5north を70マイルで R152west に入る→ R152westを42マイルでR101northへ(R101に入ってからの混雑ぶりと皆のスピ−ドはすごい。車間距離も取らずに80〜90マイルで走りよる。<西海岸の夜のハイウェイの特徴か?>)→ R101northを21マイルでSan Jose→ R101northを約50マイルでSan Francisco着<R101高架から見る S.F down town の夜景はかなり絶品。>


とにかくデカイ!
両手を延ばしてこの木をみんなで囲んだら、いったい何人必要なんだろう?



松ぼっくりもこのとおり
デ・カ・イ


木曜日

今日はアムトラックで L.A へ行くのみ。 ところがところが・・・・。
徒歩30分でバスディ−ポへ着くはずが、地図にあるはずのバスディ−ポがない、通りすがりの人に聞きながら更に歩くこと30分、バスディ−ポ到着。(ガイドブック(自由自在)は嘘が多くて困る、やっぱ地球の〜のほうが信頼ありや?)
午前8時05分発のオ−クランド駅行きバスに乗り遅れて、しばし考える。ひとまず落ち着きを取り戻すために朝の排泄実行にトイレへと向かった。バスディ−ポの rest roomは汚く、大便器20個の内、使えるのは4個ほど。臭い!落ち着きを取り戻した後、今日の行動を考える。 チケットブ−スの女性に次のL.A行き列車を聞くと「1日1便で今日はもうない」。「だけどタクシ−で飛ばせば間に合うと思う Maybe!」と言ってくれ、詳細道順をprint outしてくれたので、それを握りしめてタクシ−を探す。(トイレで長居したことを悔やみながら)
タクシ−で駅へ行く(チップ込みで15$)。チケットを急いで買って列車内へ、かけ上がった。間に合った。ああうれちい。





アムトラック車窓からの眺め
霞んでいて見にくいが、水平線にぽつりと見えているのが油田
車内は金髪族だらけであったが、横浜に住んでいて、たまたま里帰りしている**短大の英語講師が斜め後ろに居られ、カタコトの日本語と英語で、いろいろ話した。
アムトラックは VIEW POINT が来ると車内放送が入り、備え付けのガイドブックを読んで旅を楽しめるようになっている。また、たまに放送で車掌がアカペラをしてくれ、それに答えるようにティーンエイジャーがブーイングする。 みんなで”旅”を楽しむようにできていた。
私の席の通路の反対側のお姉ちゃんは、やたらチャ−ミングでブルック・シ−ルズとよく似ている。日本人の私がそう思うのだから、車中の若い子はキャ−キャ−騒いでいるし、他の車両からも見に来る(日本の新幹線内を芸能人を探して歩き回る学生と同じ、若い連中が見に来る)、この子は本物なんだろうか、そっくりさんなのか? どちらにしても群を抜いてカワイイ!
長距離のアムトラックなのに食堂はなく、売店があるのみ。腹がへり、hungry を極めた頃に Los Angeles 駅着。(AM8:40 OCD発 → PM7:30 L.A着)
Daimaru(なぜか和文表記は大元)Hotelに電話したら部屋があったので泊まることにした。駅を出て SUMITOMO BANK のネオンの方へ歩いてリトル東京の大元へ着く。宿泊手続きを済ませロビ−で缶ビ−ルを飲んでいたら学生の小栗君と意気投合し、明日は一緒にティファナへ行くことにした。


金曜日

安いレンタカ−ということでロケットレンタカ−へTELして借りることができた。ただし、場所が分からない。電話で教えてもらったとおり、バスを乗り継いで二人で目を凝らしながら外を注視していると、かなり疲れた頃に韓国人街を抜けたらあった。(安いかもしれないが疲れた。もう一度借りようと思わない)。
ティファナに泊まるかもしれないので、2日借りた。なんとシ−トベルトの一端がドアについていて、ドアを閉めると自動的にベルトがフィットするので驚いた。どんな車を借りたかもう忘れたが、80マイル/hが限界であまりスピ−ドがでなかったように記憶している。 R5をぶっ飛ばすが、5〜6車線の道路が渋滞していた。こんな渋滞もアメリカならでは。変な話だが、このでかい渋滞との遭遇は、初めてだったのでうれしかった。





ティファナの街並み
小栗君は大学3回生で、ブラジルの貧乏旅行を終えての休暇でリトル東京へ寄ったとのこと。道中、私が車内で靴を脱いだら”激臭発生”。靴下も3日目となると汗と蛋白質の臭いの塊となることが立証できた(噂以上にスゴイ臭い)。小栗君には大変迷惑をかけてしまった。
昼過ぎに国境到着。駐車場(無料)に止めて歩いて回転ゲ−トをくぐると、そこはメキシコ。 タクシ−の運転手たちが「遠いよ!」と叫んでいるのでタクシ−でティファナ市内へ行く(4$)、帰りにわかったことだが、歩いても400mくらいであった。バカな観光客狙いのタクシ−に引っかかってしまった。
街中は子供の売り子はうるさいし、「中曽根さん、田中さん、社長さん」等の呼び込みもしつこい。 でも、これが楽しい!
昼食はタコス。
銀製品と革製品が安いのがティファナの魅力ということで、小栗君は何か買っていたように記憶している。
帰りは、夕方 出発。いつものように夜の西海岸はぶっ飛ばしている。リトル東京の大元ホテル泊。

−本日の経路−
R5southを130マイルでSan tiago、更に20マイルでborder駐車場

土曜日

昨日のレンタカ−で空港まで行く。レンタカ−返却場所はロケットなんだけど、借りるときは2人ともバスで行ったので、詳しい場所はわかっていない。でも小栗君の「なんとかなるでしょ」の言葉を信じて、返却は彼にまかせた。

−経路−
R10、R405でL.A International Airport着
SQ11 13:15発が遅れて16:00発となった
機中泊

日曜日

成田20:30着。今日中に寮まで帰るか、ホテルに泊まってシンガポ−ルエアに請求するか迷ったが、帰ることにした。 バス22:30発→YCAT23:50着 電車は東神奈川駅止まり。残金6,126円でタクシ−に乗る。運転手に事情を話し「6,000円で行けるとこまで行って欲しい」といったら、途中でメ−タ「切」にして、寮まで送ってくれた。良かった。



<レポーター紹介>

田中 慎二
1962年生まれ
現在、実家で母、妻、娘(2人)と暮らす幸せな毎日です。



ボランティア・スタッフの田中 慎二さんのレポート、いかがでした。
パッケージツアーでは絶対に味わえない(普通のガイドブックにはない)、生の米国西海岸ドライブ情報でしたね。しかも、ホテルの無断宿泊、レンタカーでの車中泊など、かなりワイルドな一人旅を楽しんできたんじゃないでしょうか。
それに、ティファナに向かうレンタカー内での「激臭発生」事件では、小栗君に同情しちゃいました。 アウトドアオンラインのスポンサー企業の一つであるセイナン化成(株)から、靴の脱臭・乾燥・抗菌に効果絶大の「シュードライ」をプレゼントすることにします。
気持ちのいい足で、次のレポート取材に出かけてください。
                                    アウトドアオンライン編集部より      




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