トラウト・アンリミテッド(TU)って何だろう?
第7回
川野 信之(神奈川県)
今回は、前号で紹介した「ワイルドトラウト」(1989)という本の中から、ひと
つの文を翻訳した。読む前に、米国では釣り場管理は州政府がやっている公共事業であることを思い出してほしい。
”モンタナにおけるお金とセンス”
著者:パトリック・グラハム
(モンタナ州ヘレナ、魚・野生生物・公園局釣り部局長)
<はじめに>
この壮大で伝説的なイエローストーン川の源流部に立っていますと、釣り場に
関する疑問なんてとても思いうかんできませんが、モンタナ州創生100周年の今
年、このモンタナ州の自然環境の将来をめぐってケンケンガクガクの議論がたた
かわされています。私も高見の見物と洒落こんで、さっさと釣りに行ってしまい
たいのですが、釣りに行く前に少しだけこの問題を検証してみたいと思います。
過去に、経済的分析(訳者注:どうしたら地域社会にお金が落ちるか)に基づ
いてある決定が行われ、その結果として自分の大事にしているものが失われるこ
とになりました。そして、そんなやり方はよくないと思うようになったのです。
私は思います。もし私たちが自然資源を保護しようと思うならば、そのためには
経済学を学ぶ必要があるでしょう。この順序を間違えてはいけません。私は人々
の価値観をもっと知りたいし、それがどのように変化してきたか、そしてその理
由は何だったのか、なども知りたいと思っています。
<お金とセンス>
モンタナ州に来る釣り人の目的は実に様々であります。ある人はリラックスを
求めて、ある人は興奮を求めて、別の人は自分の技術をためしに来るし、すべて
のことから逃れて自然の中にいたい人もいます。釣った魚を食べたい人もいる
し、トロフィーフィッシュを目指す人もいます。これらの人々に等しく楽しんで
もらうにはどうしたらいいか、という問題に私たちは取り組んできました。
そして、州政府は「釣りと狩猟のもたらす経済効果」について州全体にわたる
調査を指示しましたが、一つの例をあげたいと思います。私は20年前のモンタナ
州エンニスの町--有名なマディソン川の釣りの基地--の状況をよく覚えていま
す。その町は今ではすっかり立派になってしまいましたが、それが釣りの経済効
果であることは明らかであります。
<私たちにそれを買う余裕はあるのか?>
北米に住むほとんどの人は、現在の私たちの行動が将来子孫にどのような影響
を与えるか、ということを考える余裕はあると思います。この次の食事が食べら
れるかどうか、今夜寝るところがあるかどうかを心配している人はほとんど居な
いでしょう。これまで私たち北米人は自然を保護するために、国の内外でかなり
の行動を行ってきています。一方、「それはどのくらいの価値があって、私たち
にそんなことをやる余裕がほんとうにあったのか」ということを認識しておく必
要があるのです。
釣り場管理者にとってこの問いに答えるのはやさしいことではありません。い
までも自然の擁護派は「経済的発展の妨害者」としてしりぞけられることが少な
くありません。ここで私が言いたいのは、私たちの経済機構は何のためのもの
か、ということをまず明らかにしなければいけないということであります。
<経済とはなにか>
社会経済における釣り場の役割を論ずるに当たって、どんな経済のことを言っ
ているのかはっきりさせなければいけません。国の経済か、西海岸の経済か、モ
ンタナ州の経済か、それともボブ釣具店の経済か、という点です。これらの個々
別々の経済を認識したうえで、どうしたら人々がお互いの価値観を分かり合える
ようになれるか、を学んでいかねばなりません。
第2に今日の経済機構は一般に短期間の結果に焦点を当てていることです。株
式市場での損得は年4回の市場報告に発表されます。そして自然に関連した産業
の中で、鉱石や石炭やガスや材木の方が”釣り場からのあがり”よりも注目され
ているのが現状です。そして、この問題は米国政府が助成している「自然資源の
開発計画」によってさらに複雑になっているのです。事実、このプロジェクトを
正当化するために使われた歪められた経済論理は、結果として、経済学の品位と
信頼を失わせる結果となっていると言っても過言ではありません。
第3には、今日の経済社会においては、商品の質と多様性が求められているこ
とです。人々は質の高いものを要求しており、しかも、選択の幅が広くなければ
いけません。量はもはや質の代用にはならなくなっています。たとえば、人々は
長距離をものともせずにモンタナ州に質の高い釣りを求めてやって来るのです。
また、人々は”獲物を得る”こと以外の野外生活や写真撮影にも興味がありま
す。スポーツフィッシングは魚を殺さない(自然資源を消費しない)方向に向か
っていますが、多くの釣り人が釣った魚を川にもどすのは、釣り規則に従ってい
るんじゃなくて、自然保護者としてふるまいたいと思っているようです。釣り場
環境は保護され改善されてはきていますが、今後さらに魚や自然保護の消費を減
らす必要があると思います。
動機は何にせよ、人々は来て金を払う、これが経済です、違いますか? 私た
ちがときに忘れがちなのは、自分の家計をやりくりするには他人様のお金をいた
だくしかないということなんです。だれでもそうですよね、例外はありますが。
それは合衆国政府でありまして、連中はお金がもっとほしければ印刷すればいい
んですから。
<経済社会における釣り場の役割>
私たちが答えなければいけない一つの疑問は、魚や野生生物はどのように、ま
たどの程度に人社会に貢献しているのかということです。釣り場の価値というも
のは、市場、レクレーション、科学的、美容的、文化的、歴史的、信仰的、遺伝
学的、病気の治療として、そして、精神的価値、などを包括しています。このよ
うにさまざまな価値を含んでいるものですから、私たちは釣りの価値を経済学用
語で計りたくない、それでは不十分だと感じてしまうのです。お金の価値と釣り
の価値とは次元が違うのです。
釣り場管理というのは市場経済とは関係なく地域社会が提供するサービスであ
り、国の防衛や社会の安全性、犯罪防止と同列のものです。そして、釣り場を包
括する自然の環境は清浄な空気と水、そして質の高いアウトドアレクレーション
を提供してくれるのであります。
アメリカ西部の小さな町や田舎に住んでいる人はあまりお金に縁がないし仕事
も見つけにくい傾向にあります。しかし、これらの地域では”高い生活の質”が
得られます。モンタナ大学の経済学者であるトム・パワーズは”この関係は決し
てたまたまのものではない(訳者注:必然性があるという意)”と述べていま
す。
これ以上ことばを尽くす必要はありますまい。私たちの大部分は野生生物や野
生の土地が将来にも存続することを望んでおり、そのためならそれなりのお金を
支払う意志があります。
<具体例の検証>
近年、釣り場管理のさまざまな場面で決定を下す時にその根拠として経済的価
値を云々することが多くなってきています。モンタナ州議会は釣り場管理部にた
いして、野生生物が生息する土地について経済効果分析を行うよう指示を出して
います。これは、その土地を農牧地にした場合とレクレーション用に確保した場
合とを想定して、そこからあがる税金や農牧産物などの経済効果を比較せよとい
うわけです。この問題をクリアーするために、私たちは釣りに関する価値を”金
額”になおす作業をさせられることになったわけです。
私たちは目的の異なる釣り人別の経済効果(釣り人が支払う金額)を検討して
みました。モンタナ州北西部のスワン川とスワン湖に釣りに来る人のうち、67%
の釣り人は鱒であれば何でもよい人で、10%の釣り人はトロフィーサイズのブル
トラウト(ドリーバーデン)を狙う人でした。そして釣り人の1グループが支払
う金額は前者は30ドルであり、後者は450ドルだったのです。もし、単に全体を
平均しただけだったら、ブルトラウト釣りの高い経済効果は見えてきません。
また、1987年の春には、ある川での釣り人を一般の釣り人(generalist)と専
門的釣り人(specialist)とに分けてその経済効果を検討してみました。私たち
は釣り人全体を4つのサブグループに分けて、1回の釣行にかかった費用を比較し
ました。その結果、一般的釣り人は1回の釣行に平均7ドル56セントを使い、専門
的釣り人のそれは170ドルでした。つまり、専門的釣り人は釣りに大きな価値を
置いていることがわかったのです。
<共通の地平に立って>
釣り場の価値は多様であり経済学のものさしで計ることができないものです。
だからと言ってその多様な価値を無視することはできません。経済効果とともに
それらの価値を指摘していくしかありません。したがって、釣り場の価値を釣り
をやらない一般の人々に広く理解してもらう作業は”革命的”というような一発
逆転劇ではなく、地道な”発展的・進化的”作業と言えましょう。経済学を正し
く使うことによって、私たちは釣り場の価値に対する議論の枠をひろげ、地域社
会の様々な決定の場に釣り資源問題が含められるよう努力すべきです。
この会場での成果はあらたな責任を私たちに与えることになりましょう。もは
や単にあら探しをすることは止めて、私たちも資源確保の一端を担わねばなりま
せん。釣り場や釣り資源を維持し増強していくことはおもしろく、そして、必要
な作業であり、将来それが失敗に終わるとは考えていません。そして、この100
周年記念の時に、将来の成功は私たちの手の内にあることを信じています。
* * *
今回はすこし堅い話になったが、避けては通れない”お金”の問題にかかわる
ものを取りあげてみた。釣り場の現場管理責任者の苦悩と誇りが伝わってくる感
じがする。ついでながら、著者の住むヘレナは映画『リバー・ランズ・スルー・
イット』の著者ノーマン・マクリーンの弟のポールが勤めた新聞社のある町である。
この連載も今回で7回目。TUについてほぼ紹介しつくしたようなので、今回で
ひとまず休載にさせてもらいます。米国やカナダに行くとTUの看板を川岸でよく
見かけます。TFもいくつかはTUと肩を並べ、対等に話ができるようになる日を祈
りつつ……
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