また、春がやってきた。今年こそ元服を果
たし、早く初陣に出るのが、桃太郎の一番の
感心事であった。幼少の時から人一倍体の大
きかった桃太郎は、すでに周りの家来よりも
背丈は高くなっていた。ただ、あの赤鬼青鬼
にはまだまだかなわなかった。今日は、猿と
その両名を連れて久しぶりに賀田の里を訪れ
たのである。桃太郎にはもちろん、赤鬼青鬼
にとってもこの里は故郷であった。爺さまも
婆さまも、まだまだ元気にしておった。
桃太郎といっしょに川から婆さまに拾われ
てきた桃の種が芽を出し、今では立派な木に
成長し花を咲かせておった。小春日和の昼時
を桃太郎とその従者は、この桃の木の下で歓
談していた。
「このようにして偉丈夫と天下のことを話し
ておりますと、古の桃園の義盟の故事が思い
起こされてなりませんな。後漢末、後に皇帝
となりますが、この時はまだ楼桑村に住む貧
しい寧売りにすぎなかった劉備玄徳とそれに
従う雲長関羽、翼徳張飛が桃園で義兄弟の契
りを結ぶんだあの英雄達の話でござりまする
。生まれた時は別でも、死ぬ時は兄弟皆同じ
。義の交わりは血よりも濃い。まるで若殿と
この両名の犬、雉との関係のようでござりま
するな」
猿が、三国志の有名な件をこれから世に出ん
とする桃太郎と犬と雉の三名に例えたのであ
る。
「いい事を申したな、猿。思い起せば、わし
ら三名は共に鬼と呼ばれたことのある者じゃ
。そして、仏の導くがごとくこの里に出合っ
た。今日こそ、まさにその義盟の契りを執り
行なうに最良の日じゃ。猿の立合にて、わし
は犬と雉と義兄弟となることにする。」
「桃太郎様、お待ち下さいませ。若殿とこの
犬と雉は、すでに君臣の関係、どうして兄弟
になどなれましょう」
「知らんのか、猿。劉備はそのおり言ってお
る。一城の主となって、君臣となった後も末
長く三人義兄弟であると。なるほど、わしら
はすでに君臣の間にあるが、われら一人一人
は士であることに変わりはない。その士と士
が義を誓い兄弟の契りを結んで何が悪かろう
」
猿もこれ以上反対できず、義盟の儀式を桃
の木の下で執り行うことにした。俄造りでは
あったが祭壇も用意され、牛血の代わりに鶏
の血が捧げられた。猿の立合のもと、義の誓
いがなされた。年の多い順では、犬、雉、桃
太郎であったが、義の関係ということで、桃
太郎が長兄、その次が犬、雉となった。ガル
ソウの魔手から伯爵夫妻を守れなかったダグ
とバードにとって、桃太郎は何をしてでも守
り通さなければならない存在であった。この
義盟はそんな思いを更に深めさせた。そして
、不思議な縁で結ばれた三人の運命が一つに
なった日でもあった。爺さまと婆さまもこの
様子に痛く感激し、精一杯の御馳走を料理し
、共に酒宴を楽しんだ。
「わしは、婆さまの作るこの吉備団子が大好
きじゃ。初陣の時は、兵糧に婆さまの吉備団
子を持っていくことに決めておる」
「おお、嬉しいことを言ってくれるものじゃ
。この婆の団子でよければ、山ほども作って
、桃太郎様の初陣に供えるわいの。小さい時
から、桃太郎様の好物じゃったからの」
桃太郎ばかりでなく、猿も犬も雉もみんな婆
さまの吉備団子が好きであった。
この桃下の義盟の契りが結ばれた次の日、
犬と雉は桃太郎にかつての主の墓に詣でたい
と願い出た。館へ帰るにはだいぶ回り道とな
るが、四人は後山を経由して帰ることにした
。犬と雉とは、鬼として暮らしていた時のこ
とをある程度までは話していたが、桃太郎が
伯爵夫妻の子であることは秘密にしていた。
領主の子となった桃太郎の立場を考えてのこ
とである。しかし、伯爵夫妻にこんなにりっ
ぱに育った息子の姿を一目見せたいという思
いも強く、ついにこの旧住み処にあるお墓に
連れてきてしまったのである。石を積んだ二
つの墓には木の十字架が立てられており、も
う朽ち果てんばかりになっていた。大英帝国
の貴族の墓としては、あまりにもみすぼらし
いものではあったが、時折花で飾られていた
。今日もその墓は、美しい花で飾られた。犬
と雉は墓の前に跪き、かつての主人に英語で
何やら話し掛けていた。桃太郎と猿は、この
犬と雉の様子を後ろに立って、ただ見ていた
。猿にはこの二人が何を話しているのか皆目
分からなかったが、英語を少し教わったこと
のある桃太郎は、少しであるが理解できた。
それは、我が耳を疑うようなものであった。
犬と雉がお祈りを済ませた後、桃太郎はこの
墓に眠る人物についていろいろと尋ねたが、
彼らの話に何か曖昧なものがあるのに気付い
ていた。そして、伯爵夫妻が死んだ年と自分
の生まれた年、後山と賀田の里の位置関係、
それに先程の犬と雉の墓の前での話、これら
すべてを合理的に結び付けるのは、聡明な桃
太郎にとってさほど難しいことではなかった
。
「犬よ、雉よ、わしはお前たちに主として
尋ねているのではない。義を結んだ兄弟とし
て聞いているのだ。この墓に眠る人こそ、わ
しの実の父と母であろう。隠さずに何もかも
話してくれ。ここにおるのは、我ら四人のみ
。みな義で結ばれた士ばかりじゃ。どんなこ
とであろうと、この場の話として他の者の耳
には入るものではない」
「分かりました。それでは、拙者の知るすべ
てをお話し申し上げまする」
こう言って、犬と雉は英国を旅立った日から
順を追って、主だった出来事をすべて物語っ
た。桃太郎と猿は今まで薄々感じていたこと
が完全に裏付けられたので、驚きを覚えるよ
りも満足感の方が大きかった。しかし、ガル
ソウという実の両親の仇の突然の出現が、こ
の複雑で数奇な出生の秘密を持つ多感な少年
の心に、何の影響をも与えなかったはずはな
い。事実、この日よりの桃太郎には、時折見
せていた子供っぽい部分がなくなっていた。
何か深く心に誓うものがあるようであった。
第10章 桃太郎の初恋 義理の妹、つつじ姫の思いを断ち切り、臥薪嘗胆する。
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