由良領主大岡忠安の養子になってから、桃
太郎の異才はさらに際立ったものとなってい
た。領主の子として守役の猿から厳しく教育
を受けていたが、日に日にその上達ぶりが窺
える程であった。特に剣術、槍術、それに兵
法に並々ならぬ興味を示した。幼少は幼少な
りに武士としての作法も随分身に付けていた
。言葉遣いもすっかり侍になっていた。もち
ろん家臣の子息達との遊びも忘れておらず、
このところ多忙となった桃太郎は賀田の里か
ら足が遠退いていた。それでも、爺さまと婆
さまに会いにいくと猿にせがんだことが何度
かあるが、その都度何かの理由を付けられて
は、諦めさせられていた。しかし、その桃太
郎にもついに賀田の里の鬼事件が知れること
となった。
「猿、そちは賀田の里に鬼が出たことを隠し
ておったな。なぜじゃ」
重臣の中村は、領主忠安同様、桃太郎にも猿
と呼ばれていた。
「いいえ、そんなことはございませぬ。聞か
れもせぬことをぺちゃくちゃ話すは、女子の
すること。まして武士にあってはなおさらの
こと。この猿、桃太郎様に隠し立てするよう
なことは、何もござりませぬ」
「よし、それではこれから爺さまと婆さまに
会いに行く。馬引けえ」
「桃太郎様、今からでは日も暮れまする。明
日になさいませ。この猿も御供致します」
「わかった。明日にしよう」
強情を張らずに、すぐに桃太郎は引き下がっ
た。
翌朝早く、数人の伴を連れ、桃太郎は館を
出立した。賀田の里に着くと、夕刻になって
いた。爺さまと婆さまにみやげものを渡し、
城下でのいろいろな出来事を話して聞かせた
。たいそう爺さまと婆さまが満足したのを見
届けた後、桃太郎は長の家に住む赤鬼と青鬼
を検分しに行った。
桃太郎はいろり端の板の間にすわり、土間
で額を地に着け平伏している二匹の鬼を暫ら
くの間じっと見つめていた。
「面を上げよ」
桃太郎の命により、長は、鬼どもに顔を上げ
るよう促した。さらに不思議な沈黙が続いた
。桃太郎と二匹の鬼は、何か遠い記憶の渦の
中をさまよっていた。桃太郎には、鬼の子と
いじめられたこと、寺で和尚に初めて見せら
れた鏡に映った自分の顔のこと、それに弥勒
菩薩を護る毘沙門天と広目天に自分の姿を見
出だしたことが、昨日の出来事のように蘇っ
てきた。一方、この二匹の鬼にとって、桃太
郎の出現はあまりにも衝撃的であった。ガル
ソウに伯爵夫妻が殺され時に、行方不明にな
っていたあの赤ん坊が目の前にいる。しかも
、首狩族の王の子として育てられている。ダ
グとバードには、桃太郎が伯爵の子、ジョナ
サン・ジュニア・ウィリアムであることが、
すぐに見て取れた。鼻筋から目元が伯爵その
ものであったし、口元から顎の輪郭は伯爵夫
人に似ていた。そして、そのブロンドの髪の
美しさは、伯爵夫人同様、大英帝国の貴品と
誇りを放っていた。ダグとバードは沈黙の内
にも、この恐るべき事実の到来に体中が感動
しているのをお互いに伝え会うことができた
。ただ、それを口や素振りに出すことはなか
った。
「長殿、この鬼どもの名は何と申す」
「赤鬼をお犬様、青鬼をお雉様と呼んでおり
ますだ」
「そうか。この者どもなかなかの働き者だそ
うじゃな。里では役に立っておるのか」
「それは、もちろんのことでごぜえます。お
犬様もお雉様も十人力、たいそう重宝してお
りますだ。」
「長殿、その重宝者をわしにくれんか。この
者どもは賀田の里では十人力。だが、わしの
家来になれば、一騎当千の武者となり、わが
領国と万民の幸せを護ることができようぞ。
わしのわがままを聞き届けてもらえんか」
長は、桃太郎の側に控えておる中村様の顔色
を窺い、返答した。
「若殿様のお役に立つのでごぜえましたら」
「いや、わしにではなく、万民のために役立
てるのじゃ。許せ、わしのわがままを」
この日、二匹の鬼を家来にした桃太郎には
、何か大きな力が自分に働きかけてくるのを
感じていた。それを運命と言おうが仏の導き
と言おうが、自分にどうこうできるものでは
なかった。ただ、自然に受け入れるのみであ
る。この幼少の子に宿ったこの魂。やはり、
桃太郎は人の子ではなく、鬼神の子であった
のか。伝説は、この子を桃から生まれた桃太
郎としか記憶していない。
いつものように桃太郎は、爺さまと婆さま
の家に泊まり、その他の者は長の家に厄介に
なった。翌朝早く、桃太郎一行は里を後にし
た。騎乗の若殿の後には、やはり騎乗の猿が
、その後には赤鬼青鬼が胸から上を他の従者
の頭を結ぶ線より抜きん出させて従っておっ
た。途中この一隊に出合ったものは、恐れお
ののき道を譲った。跪き手を合わせて経を唱
えるものも中にはいた。桃太郎一行は構わず
進んだ。
領主、大岡忠安の命により、赤鬼は許寺克
信に青鬼は竹下丈得ら重臣にそれぞれ預けら
れた。桃太郎の直属ではないにしても、彼の
家来であることに変わりはなかった。
この乱世の世である。赤鬼と青鬼もその並
々ならぬ資質を見込まれ、武士として処遇さ
れ教育された。当然合戦にも参加し、由良の
赤鬼青鬼は隣国に知れ渡り、恐れられる存在
となっていた。桃太郎が睨んだ通り、一騎当
千の将として、戦国の世から賀田の里を護っ
ていたのである。
第 9 章 桃園の義盟 桃太郎を義兄として、犬、雉、猿が義で結ばれる。 そして、桃太郎は隠された真実を知ることとなる。
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