第6章



 賀田の里のいじめっ子どもも、いくら悪口 を言っても平気でいる桃太郎に飽き、ついに は一目おくようになっていた。これは、子供 社会だけにではなく、大人達にも言えた。桃 太郎は鬼神の子で、里が大災難に遭うとき、 里の衆を悪鬼から護るよう菩薩様が遣わされ たのだという噂が、いつの頃からか広まった 。もっとも、桃太郎は悪がきどもと一日中走 り回って遊んでおった。

 ここ数年、ガルソウ達は鬼が島を拠点に古 座領内で暴れていた。したがって、賀田の里 のある由良領に姿を現わすことはなかったが 、数日前、国境にある大泊村が襲われた。そ の時、次助という男の女房と娘が鬼にさらわ れた。事件は、次助の見ている前で起こった のであるが、彼は震えているだけで何もでき なかった。鬼が去った後、次助は半狂乱とな り、村中を走り回った。どうしようもない悔 しさが、次助を苦しめ狂わし、とんでもない ことを領主に訴えさせた。賀田の里に住む桃 太郎が鬼の子で、領内に悪鬼を呼び込み、や がては大災厄を引き起こすと訴えでたのであ る。以前噂に聞いたことのある鬼の子に自分 の恨みをぶつけ、少しでも罪滅ぼしをしよう としたのかもしれない。この当時、妖怪も山 婆も鬼も実際に生きておった。人々がそれを 信じるかぎり、存在するのである。自然の摂 理と猛威に対して現代人よりもはるかに無力 であった中世人にとって、鬼のもたらすたた りは現実の脅威であった。事実、古座領では 多くの者が鬼が島の鬼どもに苦しめられてい た。桃太郎は爺さまと婆さまといっしょに、 役人に城下まで引ったてられた。

 本来、領内の一庶民の訴えごとは、評定衆 の役人によって裁かれるのが普通であった。 しかし、今回は領主、大岡忠安直々の裁きと なった。実は、賀田の里に桃から生まれた子 がいるという噂がたって以来、猿の配下の者 によって、桃太郎は常に監視されていたので ある。その子が南蛮人の子だと察し、彼らへ の手掛かりを得ようと考えていたのである。 もちろん、忠安も桃太郎のことはよく知って いた。
「次助、そちの訴えによると、そこにおる桃 太郎が鬼の子であり、領内に悪鬼を引き込み 災いを為すということであるが、どうしてお 前にそれが分かった」
「そりゃ、御領主様、あの子を一目見りゃ、 誰にだって分かることでごぜえます。人の子 より大きいし、髪は金色、目は青い。鬼の子 でなくで何でございましょう」
次助の目はやけにぎらつき、落ち着きがなか ったが、桃太郎を見る仕草には憎しみと狂気 の凄味があった。
「なるほど、確かにこの子は異相じゃ。しか し、それだけで鬼の子だとは言い難い。何か 他に証拠はないのか」
もともと、怒りと憎しみの感情だけが次助を 動かしていたのであるから、証拠と言われて も思いつくものはなかった。じっとうつむい てしまった次助に助け船を出してやったのは 忠安の方であった。
「古来、鬼を描く時、その頭には必ず角を付 ける。それは、鬼の頭には角が生えておるか らじゃ。次助、桃太郎の頭を調べてみよ。鬼 の子であるなら、角が生えておるはずじゃ」
領主の前であるので、腰を低くして桃太郎の 所に行き、髪の毛を掻き分け調べてみたが、 角は生えていなかった。
「どうじゃ、次助。角は見つかったか」
「いいえ、角はごぜえませんでした。でも、 鬼と言ってもまだ子供。これからきっと生え てくるにちげえません」
「それでは聞く。お前はどこから生まれた」
「そらあ、もちろん、おっかあの腹から生ま れました」
「ということは、桃太郎が鬼の子なら鬼の母 から生まれたことになるな。婆さまよ、その 子は誰の子じゃ」
婆さまは爺さまの目を一度見た後、ゆっくり と静かに話しだした。
「今はもう昔のことでごぜえます。いつもの ように爺さまが山に柴採りに、この婆は川に 洗濯に行きましたんじゃ。そしたら、どうじ ゃ。大きな桃が、どんぶらこどんぶらこと流 れてきて、婆の前の岩に引っ掛かってしもう たんじゃ。あまりにも見事な桃じゃったので 、爺さまにも見せんといかんと思い、すぐに 家に持ち帰ったんじゃ。たいそう不思議な桃 じゃなと思いましたが、結局は二人で分けて 食べることにしましたんじゃ。ところが、鉈 で半分に切ろうとしたら、その大きな桃がぱ っくり二つに割れて、中から玉のような男の 子が出てきたんじゃ。それで、この桃から生 まれた子を桃太郎と名付け、わしらの子とし てだいじに育ててきましたんじゃ。この子は 、桃の精の子でけっして鬼の子なんぞじゃあ りゃしませんぞ」
「桃から生まれた桃太郎か。そうであれば、 鬼の子でないのは明白。桃太郎は、無罪放免 じゃ」
「いえ、お待ち下せえませ、御領主様。あい つが鬼の子であろうがなかろうが、必ず祟り を起こす魔物にちげえはごぜえません。どう か、桃太郎に死罪を」
これを聞いて、いままで穏やかに裁きを進め ていた忠安の顔が、一瞬にして険しくなった 。
「黙れ、次助。桃の木が、我が大岡家を祭 る室古社の御神木なるを知らんか。この桃か ら生まれた子は、瑞兆ぞ。この乱世に現われ たからには、我が領国に安泰と繁栄をもたら すものである」
領主のこの言葉に次助は恐れおののき、自分 の首に寒さを覚えた。これだけ領主の怒りを 買ったのであるから、必ず何かのお咎めがあ ると覚悟をしていたが、評定の後すぐに開放 された。ほうほうの体で大泊村に帰っていっ た。

 一方、桃太郎と爺さま婆さまは、領主忠安 より歓待を受け、屋敷内に泊まっておった。 そして、三日目の朝、再び忠安と歓談してい た。
「のう、爺さま。これからこの桃太郎をどう するつもりじゃ」
「漁師にでもしようかと考えておりますんじ ゃ。童ながら力も強く、頭のいい子じゃで、 領国一の鯨獲りになりましょう」
婆さまも賛成のようだった。この老夫婦の一 人息子であった太郎も腕の良い鯨獲りだった 。桃太郎が、嵐にあって帰ってこない太郎の 生まれ代わりと信じている彼らにとって、至 極あたりまえの考えと言える。忠安もこうい った事情はすべて知っていた。このままこの 家族を静かに見守ってやれば、それなりの幸 せな暮らしを送れるだろう。しかし、彼は由 良領主であり、国益を第一としなければなら なかった。南蛮との交易を始めるうえで、南 蛮人の子は切札となるかもしれない。桃太郎 の容姿からすると、おそらくは身分の高い者 の子息だと考えられる。交易が産み出す莫大 な富は、国を強大と為すために必要だ。まし てさしたる産業のない由良にとって、交易は 絶対的な魅力があった。それに桃太郎の器量 を直接見た忠安は、並々ならぬものを感じて いた。自分の手でこの希有な逸材を育ててみ たい。天下を窺える程な武将となるやもしれ ん。忠安には、桃太郎をこのまま里の生活に 埋もれさせることができなかった。
「この子を漁師と為すのも、良い考えかもし れん。だがのお、爺さま、桃太郎はただの子 ではあるまい。おそらくは、この人の世の乱 世を憐れんで、御仏が守護の御手を由良の国 に施されんが為に、この子を遣わされたので はあるまいか。その仏の慈悲が必要なのは、 賀田の里だけではあるまい。どうじゃ、わし に桃太郎をくれぬか。この忠安の子として、 日の本一の武将にしてみせるが。賀田の衆の 安住は由良の国の平和のうえに成り立ってお る。爺さまも言っておったように、里では、 桃太郎が賀田の守護神となると噂されておる ではないか。子は国の宝ぞ。桃太郎の幸せと 里の安住を誰よりもそち達二人は望んでおる であろう。どうじゃ」
しばらくは、爺さまも婆さまもうつむいたま ま、何も答えなかった。そして、婆さまが口 を開こうとした瞬間、爺さまが話しだした。
「分かりましたでごぜえます。もともとこの 子は、御仏よりお預かりしたもの。仏の慈悲 をあまねく法土に施せるようこの乱世を治め るのが、この桃太郎の宿命でごぜえましょう 。何卒、衆の心の分かる武将にお育て下さる ようおねげえいたしますじゃ。婆さまもこれ でええのお」
婆さまは、すでに涙をぼろぼろこぼしておっ たが、桃太郎の幸せを考え、領主の申し出を 承知した。
「桃太郎、今日からそちはわしの子じゃ。こ の館がそちの家ぞ」
桃太郎も先程から事の成り行きをずっと見て いたので、だいだいのことは呑み込めていた 。
「そんなら、このお侍が俺のとっつぁまか 」
両親を持たない淋しさが心のどこかにあっ たのか、桃太郎は少し嬉しかった。侍の子に なれるというのも誇らしかった。しかし、桃 太郎は聡明でやさしい子である。こんなこと を言い出した。
「爺さまと婆さまに会えなくなるんなら、俺 はこの家の子にはなんねえ」
もちろん、この条件は忠安によって、すぐに 承諾された。これで桃太郎も爺さまも婆さま も、いつでも好きな時に会うことができるよ うになった。実際この後、爺さまと婆さまが 領主の館に顔を出すことはめったになかった が、桃太郎はちょくちょく賀田の里に立ち寄 った。

 桃太郎を領主の子とすべく、その一切の教 育は猿にまかされた。桃太郎の類い稀な資質 に猿は驚きもし、守役の重大性と喜びを感じ もした。


第 7 章  泣いた青鬼

          赤鬼はお犬様と呼ばれ、青鬼はお雉様と呼ばれることとなる。


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