第5章



 戦乱の世ではあったが、賀田の里は平和を 保っていた。最近は源蔵が見たという赤鬼も 姿を現わさず、領主様の鬼退治によって鬼ど もは古座領に逃げ去ったんだろうと、里人達 も噂していた。

 この里には、六十人程の人が住んでいる。 半農半漁で、若い衆は海に漁に出、残った女 、子供、老人が狭い田畑を守っていた。どの 家も子宝に恵まれておったが、ここに老夫婦 が二人で暮らしている家があった。爺さまと 婆さまにも、一人の子供がいた。しかも、た いそう丈夫な若者であったが、沖で嵐に遭い 、二度と帰ってくることはなかった。それで も、爺さまも婆さまも、いつか息子の太郎が 帰ってくると信じていたし、実際、葬式もあ げていなかった。
「わしゃ、婆さまが洗濯しとるあいだに、ち ょっくら山に柴採りに行ってくるでの。つい でにきのこでも見つかればええがのお」
「鬼が出るといかんで、あんまり山の奥には 入らんでくだされよ、爺さま。まだ一匹や二 匹はこの辺りをうろついとるかもしれんで」
朝ご飯を済ませて、爺さまは山に柴採りに、 婆さまは川に洗濯に行った。

 婆さまは、いつものように川の流れで平ら に浸食された大きな岩の上で洗濯をしていた 。この辺りでも川の流れはそこそこあったが 、洗濯場付近は緩やかだった。ちょうど婆さ まが洗濯仕事を終えて腰をあげようとしたそ の時、大きな桃が一つ、二つと流れてきた。 婆さまが桃を拾いあげていると、今度は船の ような木箱が流れ着いた。木箱の中身を見て 、婆さまはびっくりした。色の白い赤ん坊で はないか。婆さまは急いで木箱を拾い上げ、 家まで持ち帰り、爺さまの帰りを待った。
「婆さま、ただいま帰ったよ。いっぱいきの こも採れたぞ」
「爺さま。驚くんじゃねえぞ。太郎が帰って きたんじゃ」
「なんじゃと。それで太郎はどこにいるんじ ゃ」
「ほら、ここにおるじゃろ。めんこいの」
婆さまと爺さまは、木箱を覗き込んだ。爺さ まは、その赤ん坊を見てはっとした。金色の 髪に青い目をした赤ん坊が無邪気に笑ってい る。この子は鬼の子だ。爺さまの頭を掠めた のは、まさにそのことだった。しかし、婆さ まの赤ん坊をあやす楽しげな様子を見ている と、そんなことは言えなかった。
「婆さま、この子をどこで見付けたんじゃ」
爺さまに問われて、今朝の川原での出来事を 残らず婆さまは話した。この赤ん坊は太郎の 生まれ代わりで、神様が授けてくださった子 だと信じきっている様子だった。
「おお、そうじゃな、婆さま。この子は、確 かに太郎の生まれ代わりじゃ。だけんど、こ の子をよう見てみ。髪は金色じゃし、目の色 も青い。ただの子ではあるまい。きっと神の 子じゃ。だから、こうしよう。婆さまが川で 洗濯をしおった時、大きな桃が流れてきた。 あまりに立派な桃だったので不思議に思い、 家に持ち帰って二つに割ると、中からこの男 の子が翔びだしてきた。つまりは、この子は 桃の精の子で、人の子と違うのがあたりまえ じゃ。これなら、里の衆も分かってくれるじ ゃろう。婆さま、これでどうかの」
とにかく、この子を我が手で育てたい一心の 婆さまにとって、神の子だろうと桃の精の子 だろうとどうでもよかった。婆さまは、爺さ まに賛成した。
「ところで、この子の名をなんとしようかの 。桃から生まれたんじゃから・・・」
爺さまは、婆さまに子名付けの権利を譲った 。
「この子は太郎の生まれ代わりでもあるん だで、爺さま。桃から生まれた太郎だから、 桃太郎はどうでしょうかの」
「うーむ、それはよい名じゃ。桃太郎。桃太 郎にしよう。」

 この桃から生まれた桃太郎の噂は、近隣近 村はおろか隣国にも広まったが、いつのまに か人の興味は失われていた。それから、四年 の月日がながれ、桃太郎もやんちゃざかりの 男の子に成長していた。

 爺さまと婆さまが大事に育てたせいか、は たまた桃の精の鋭気の為せる業か、桃太郎は 人一倍大きく育ち、里の八、九才の悪童と相 撲をとっても、三番に二番は打ち負かすほど になっていた。子供の世界は時に残酷である 。腕力でかなわないとなると、みんなでよっ てたかって、悪口を浴びせかける。
「やーい、やーい、鬼の子、鬼の子。いつに なったら、角が生えるんじゃ。からすが桃太 郎の頭を三べん回ったら生えるんじゃと」
悪童達がこんな悪口を言うところをみると、 この里のあいだでも、桃太郎が実は鬼の子だ と陰口をたたく者がいたようである。爺さま と婆さまもたいそう気にはしておったが、桃 太郎自身が何を言われても平気な様子を見て 、少しは安心しておった。

 初めて鬼の子だといじめられた時、桃太郎 にはなぜそう言われるのか分からなかった。 他の仲間と何も違わないと思っている。ただ 、自分が桃から生まれた何か特別の子である ことも理解していた。しかし、まだ五才にも ならない少年ではあったが、鬼の子だとみん なにいじめられても相手を睨み返すだけで、 けっして人前で泣くことはなかった。悪童達 が悪口を言い始めると、とにかくそのうるさ い大合唱から逃げた。が、走って逃げるよう なことはしない。ゆっくり、大股で歩いて逃 げた。そして、いつも里から少し離れた古寺 に行った。そこでおもいきり泣いた。

 この寺の和尚も、そんな桃太郎を気に止ん でいた。ある日、いつものように寺にある楠 木によりかかって泣いている桃太郎を本堂に 連れて行き、二人で話した。
「爺さまと婆さまは、達者でおらせるか。お 前も遊んでばっかりおらんで、ちっとは孝行 せないかんぞ」
「水汲みもやっとるし、畑仕事も手伝っとる 」
「おお、そうか。それは感心じゃ。それで 、その孝行者が、どうしていつも寺に来て泣 いてばかりおる。はなたれ小僧どもにいじめ られたか」
桃太郎は顔をしかめているだけで、返事はし なかった。和尚も黙ったままで、本尊の弥勒 菩薩をただ眺めていた。少し空気が動いた。
「和尚、俺は鬼の子か」
「そこの台の上にある物を持って来い」
桃太郎は、和尚に言われたように重くて円い 物を取ってきた。
「そこに何が見える。お前の顔が映っておる じゃろ」
桃太郎は初めて鏡に映る自分の顔を見た。そ こにある顔は、自分がいつも見慣れている悪 童達とは明らかに違っていた。まず、色がや けに白い。髪の毛も黒じゃなくて、金色をし ておる。驚いたことに目も青い。ひょっとし て、みんなの言うとおりかもしれん。素直に そう思えた。
「和尚、俺は他の子と違っとる。俺はやっぱ り鬼の子か」
「婆さまが言っとるように、お前は桃から生 まれた子じゃ。人の子ではない。鬼の子かも しれんな」
「そんなら、いつ角が生えてくるんじゃ。教 えてくれ」
「心配するな。お前には角は生えてこんよ」
「和尚は嘘つきじゃ。さっき、俺が鬼かもし れんと言ったじゃないか。みんな言っとる。 鬼の子には、いつか角が生えてきおるって」
和尚はあいかわらず、菩薩を眺めていた。こ の小さな少年の体全体からほとばしる必死の 訴えが、和尚を通して仏に伝わっているかの ようであった。
「桃太郎、お前は鬼を見たことがあるか」
「いいや、ない」
「それなら、なぜ自分の姿を見た時、自分を 鬼の子だと思った」
桃太郎には、答えられなかった。
「これを見てみい。地獄の絵じゃ。鬼がいっ ぱいおるのお。確かに角を生やしておるし、 牙を剥き出した恐い顔ばかりじゃ。しかしな 、この絵にはもっと恐ろしい鬼が、うようよ はい回っておるのが見えんか。血の池に溺れ 、針の山に泣き叫ぶ鬼どもがいるじゃろう。 そうじゃ。地獄に落ちた哀れな人間どもよ」
 桃太郎は、その地獄絵の中でもがき苦しむ 人々をじっと見ていた。
「聞け、桃太郎。鬼には、良い鬼と悪い鬼が おる。その角を生やした恐い鬼達は、実は良 い鬼じゃ。閻魔大王の命令で、地獄に落ちた 人間どもが逃げ出さないよう見張りをしてお るのじゃ。本当に悪い鬼はな、この世で悪さ ばかりして、地獄に送られた人間どもよ」
「そんならなんで、俺は地獄の見張番じゃな くって、この世におるんじゃ」
「この世にはびこる鬼どもから善人を護るた めに、仏が鬼を遣わされることがある。その 鬼を鬼神と言う。人が人の道を仏の導くまま に歩めるよう、鬼神は悪鬼と戦う。じゃが、 鬼神はいつでも仏の照らす道を護っていては くれない。人の世が乱れ、仏が人に慈悲の心 を思い出させようとなさる時に、その姿を現 わすのじゃ。見よ、桃太郎。菩薩の両横にお わすのが、すなわち鬼神じゃ」
桃太郎は、二人の鬼神を睨め付けた。地獄の 鬼より恐ろしげな顔がそこにあり、今にも唸 り声をあげて動きだしそうであった。
「和尚、俺はもう泣かん。桃太郎は鬼の子じ ゃ。俺は乱世の鬼神になる」

 和尚の説いたものは、人のもつ多面性であ り、それを悪鬼、善鬼、鬼神という鬼の姿を 以て具現化したものと言える。桃太郎は体の 発育ばかりではなく、知能もずば抜けていた に違いない。もちろん、この歳の子に和尚の 話がすべて論理的に理解できたはずはない。 しかし、五歳にならずしてある種の悟りを直 観的にひらいたことを考えると、一代の英雄 がこの乱世にまさに誕生したと言えるだろう。


第 6 章  桃太郎、裁かれる

          大岡裁きの後、桃太郎は大岡の養子となり、武士として育て
          られる。


ホームページへ戻るホームページへ戻る
株式会社アウトドア オンライン/webmaster@outdoor.co.jp

1995 OUTDOOR ONLINE CO., LTD