ガルソウ達十二人は、掠奪の限りを尽くし
、ついには古座領内の沖に浮かぶ大島を占領
してしまっていた。彼らの巨体と容姿、それ
にこの地方ではまだ知られていなかった鉄砲
に対して、古座領の武士も農民もまったく無
力であった。もっとも古座領主、古座盛親に
とっては、この時鬼退治をしているどころで
はなかった。海以外の三方の国と敵対関係に
あり、大小の合戦がいつも繰り返されていた
。
血と酒と女に酔い痴れ、鬼と化したガル
ソウにも空虚が支配することがあった。その
時必ず現われるのが、川原でブロンドの髪を
櫛でとかしているウィリアム夫人の姿だった
。初めて彼女を見たときから、ガルソウは、
こんな切ない気持ちを抱く自分自身にたまら
ない苛立ちを感じていた。気に入った酒場の
女なら力ずくでもものにしてきた。しかし、
今度の女は伯爵夫人である。自分には手の届
かぬ別世界に生きている人であった。ただ、
それは大英帝国という巨大な権力の中での話
であって、今彼らは、文明の及ばぬ野蛮人の
支配する世界にいる。ガルソウ自身、船長を
刺し殺した時から、文明世界の倫理感の呪縛
から解き放されてしまっている。貴族の女で
あれ酒場の女であれ、彼にはもうその区別は
存在しない。欲しいものは、人の物でも奪う
。力のある者だけが、すべてを支配すること
ができる。この原始化した思考形態が、彼を
行動させる。あまりにも単純だが、首狩族を
相手にしたこのサバイバルゲームを生きぬく
には明瞭なやり方だ。したがって、他の船員
たちを統率し、支配するのにも何の問題もな
かった。大島を占領し、そこの首狩族をも支
配下におくことになったが、ここにできあが
った社会は人のものではなかった。まさに人
の生肉をも食らいかねない鬼の住む鬼が島で
あった。
ガルソウに、また例の空虚が襲ったある日
のこと、僅かばかりの手下を連れて高代山を
目指した。以前ねぐらとしていた洞穴には、
当然誰もいなかった。おそらく谷を越えた東
の山にある洞穴に逃げたに違いないとふんだ
。ここからそんなに遠くではないが、半日は
かかかる道程だ。途中野宿をして、翌朝東の
山に着いた。
この日、ダグとバードの二人は、伯爵夫妻
を残して食料の調達に出かけていた。二、三
日帰ってこないこともあった。ガルソウ達に
とっては、それが好都合であったが、洞穴の
中には誰もいなかった。もっとも伯爵達がこ
こを住居にしている形跡があったので、辺り
をすぐさま捜し回った。川原で洗濯をしてい
る伯爵夫人をとうとう見つけた。
何かの気配を感じて、伯爵夫人が振り向く
と、そこにガルソウが立っていた。彼が伯爵
達を助けるためにやってくるはずがない。ガ
ルソウが求めているのが自分だと覚った時に
は、もうどうしようもない絶望感のために何
も考えることができなかった。ただ、この時
の彼女には、自分を犠牲にしてでも守らなけ
ればならないものがあった。彼女は本能的に
それを見た。それは木のゆりかごで眠ってい
る赤ん坊だった。伯爵夫妻にとっては初めて
の子供であった。ガルソウの重い体を跳ねの
けながら、無我夢中で叫んだ。
「止めなさい、ガルソウ。そんな汚らわしい
手で、私にさわることを許しません」
一瞬、伯爵夫人のこの毅然とした態度にガル
ソウは怯んだが、鬼となった彼にとって、過
去の社会階級など何の意味もない。手下が見
ている前で、欲望のはけ口を伯爵夫人にぶち
まけようとした。こうなってしまっては、気
丈夫な彼女もただ助けを求めて泣き叫ぶしか
なかった。
ガルソウの連れてきた手下どもも、下品な
笑いを浮かべながら成り行きを見ていた。し
かし、一人が突然頭を石で割られて倒れた。
ウィリアム伯爵が帰ってきたのである。
「やめろ、ガルソウ」
その声の方に向かって、ガルソウは立ち上が
った。
「これは、これは、伯爵のお帰りですか。も
う少し静かにしていてくれたら、もっと楽し
いお芝居をお見せできたのに。こうなりゃ、
伯爵にも登場をお願いするしかないですな。
野郎ども、やっちまえ」
剣の達人としてその名を知られた伯爵もよく
戦ったが、鉄砲で右肩を打ち抜かれたのを機
に、取り押さえられてしまった。剣ではなく
ナイフしか持っていなかったし、しょせんは
多勢に無勢であった。
「何をしてるんだ、おまえ達。奴を殺してし
まえ」
やはり、権威という得体の知れないものが、
どこかで人の心を縛っているのだろう。誰も
自分の手で伯爵を殺す者はいなかった。しか
し、こんな時、ガルソウの顔はさらに冷酷に
なる。そして、その通りに振る舞う。両腕を
後手に締め付けられた伯爵の髪の毛を掴み、
顔を上に向けた。伯爵が呪いのことばをガル
ソウに浴びせようと声を絞りだした瞬間、伯
爵の首に一すじの線が走り、そこから血が吹
き出した。その時、聞こえたのは伯爵の声で
はなく、その夫人の悲痛の叫び声だった。伯
爵夫人は夫のもとに駆け寄り、そこに落ちて
いたナイフを握り締め、ガルソウに突進して
いった。が、そのナイフはガルソウではなく
、夫人の胸に突き刺さっていた。ガルソウの
歪んだ恋の結末にふさわしい光景がそこには
あった。血に酔った鬼どもが、血の川を渡っ
て行く。まさに地獄絵だ。
しかし、その川の流れに小さな木箱が浮か
んでいるのには、誰も気が付かなかった。そ
の木箱を守るように、伯爵がたった今持ち帰
った大きな桃が幾つも浮かんでいた。
第 5 章 桃太郎誕生 桃から生まれた桃太郎は、里の子供達からいじめられたが、 和尚の説法により、鬼神として生きることを誓う。
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