鬼語を解する読者はいないと思うので、こ
の場面の鬼どもには、我々のことばを話して
もらうことにする。時は少し遡り、鬼どもが
仲間割れを起こして、まさに争っているとこ
ろだ。
鬼の首領の名は、ジョナサン・ウィリアム
といい、大英帝国が派遣した明国への使節団
長であった。当然貴族であり、その風貌、身
のこなしにも品がある。その彼が何故、この
戦国の世の日本に迷いこんだのだろう。彼ら
の様子を少し見てみよう。
「船長、野蛮人どもが蟻んこみたいに列にな
って、こっちに向かってやって来やしたぜ。
奴らみんな、兵隊だ。鉄砲は持ってないよう
でがすが」
この船長と呼ばれた男は、彼ら全員をイン
ドから香港まで運んだ英国船の船長だった。
彼らの船はそこに係留され、明国船で今の上
海方面に向けて航海中に大嵐に遭い漂流し、
ついに日本まで辿り着くことになったのであ
る。日本への漂着も生易しいものではなかっ
た。嵐の夜、岩の多い海岸に座礁し、ずぶ濡
れになりながら身一つのみで上陸した。実際
僅かばかりの物しか持ち出すことはできなか
った。ボートに乗り込むのが遅れて、明国人
は全員死んだ。英国人も生き残ったのは十七
人で、上陸後すぐに山に逃げ込んだ。翌日は
嘘のように快晴であった。彼らは、とにかく
誰か人がいないか捜した。どんなところに流
れ着いたか検討もつかないので、もちろん人
目には付かないように慎重に行動していた。
途中、山の裾の遠くで人の声がするのが聞こ
えたので、山の中腹の見晴らしがきくところ
に出てみた。そこから辺りが見渡せた。たく
さんの人が見えた。しかし、彼らの心は浮き
立たなかった。全員が震えあがり、ウィリア
ム夫人などは、目にした光景のあまりの凄ま
じさに気絶してしまった。総勢七、八百人程
の人間が戦争をしていた。そして、相手を切
り倒したら必ずその者の首を採り、腰にぶら
下げ、更に敵を求めて走り回っていた。中に
は、討ち取った首を高々と掲げ、自慢げに雄
叫びをあげている者もいた。顔といい体とい
い、全身が血に濡れていた。
彼らには、僅かばかりの期待があった。明
国より東に海を隔てた所に黄金の国がある。
ひょっとして、その黄金の国、ジパングに流
れ着いたのではないか。しかし、誰の目にも
明らかだった。今、彼らは首狩族の支配する
島にいる。助けを求めることなどできはしな
い。生き延びる方法は、野蛮人と戦うか、そ
れとも身をどこかに隠すしかなかった。英国
人達は逃げることにした。
以上のようなわけで、高代山の洞穴に隠れ
住むことになった。そして、その首狩族の兵
士どもが、自分達の首を求めて大挙して山を
登ってこようとしている。彼らには、逃げる
ほかなかった。
この状況は彼らをパニックにした。今まで
ウィリアム伯爵に忠誠で、船長に従順であっ
たのに、一部の者がついに反乱を起こした。
正確に言うと、伯爵、船長派が五人で、残り
の十二人が反乱分子となった。この反乱した
船員達の頭目、ガルソウが、この後古座領の
大島に逃げ込み、鬼が島の鬼と恐れられるの
である。もともとこのガルソウは、伯爵や船
長のやり方が気に喰わなかった。初めに見た
首狩族の兵士どもは、確かに恐ろしかったが
、畑仕事をしている農夫や山の道を通る者達
は、彼らよりずっと小さくて弱そうであった
。奴らを襲って、食料やその他の必要物資を
調達しようと何度も伯爵に計ったが、その都
度、はねつけられた。あまり目立ったことを
すると、自分達の存在がばれてしまい、首狩
族の兵士達に逆に襲われかねないという懸念
があったからだ。もっとも伯爵には、いくら
野蛮人とはいえ、自分達に何の危害を加えた
わけでもない人間を殺すことなどできなかっ
た。しかし、ガルソウは違っていた。こんな
未開の奴らは人間じゃなくて獣だ。だから、
文明人である我々が生き抜くために、獣を殺
そうがどうしようが勝手だ。こういった単純
で強烈な個性が、パニックという異状な事態
のなかでは、人を引き付ける。結局多くの船
員たちが、ガルソウに従うことになった。
「やっぱ、奴ら来やがったぜ。伯爵の言うこ
とをきいて、おとなしく我慢してたってこの
ざまだ。俺はもう我慢できねえ。出て行く。
誰か一緒に来る者はいねえか」
とガルソウが悪態をつくと、船長がガルソウ
の目の前までやって来た。
「出て行くんなら、おまえ一人で行け。俺に
はみんなを国に帰らせる責任がある。それま
で、みんな俺と一緒にいるんだ。分かっ・・
・」
船長の声はそこで止まった。ガルソウにもた
れかかった巨体の左胸には、ナイフが突きさ
さったままであった。あまりにも突然に、し
かもあっけなく成し遂げられた事件を誰もが
現実視できないでいる時に、ガルソウのがな
り声が響きわたった。
「ぐずぐずしてると、首狩族の餌食になるぞ
。喰うか喰われるかだ。みんな俺についてこ
い」
十一人の船員達が従った。西南の方向に
向かい、古座領に入った。途中、掠奪、強姦
、殺戮を繰り返し、今まで押さえられていた
ものを一度に吐き出した。忘れかけられてい
た鬼どもが帰ってきたのである。しかし、今
度現われた鬼は、本当の意味で鬼であった。
人を脅かしたり、農作物や家畜をこっそり盗
むようなことはしない。人が鬼を見た時、た
いていの場合、それは死を意味することにな
った。
伯爵夫妻は、首狩族の襲撃をまさに
受けようとしている時、一番の頼りである船
長を失ってしまった。夫妻の他残ったのは、
日頃特に船長と仲の良かったダグとバードの
二人だけだった。
「伯爵、俺達もここでのんびりなんかしてら
れません。船長を人目に付かないところに隠
して早く逃げましょう。かわいそうだが、埋
めてやる時間がない。荷物は俺達が持ちます
から、さあ急いで」
伯爵達も逃げた。東にある別の洞穴を目指し
た。
高代山の鬼のアジトに、猿の一隊が急いで
辿り着いた時には、そこにはもう鬼の姿はな
かった。ただ、一匹の巨大な鬼の亡骸を発見
しただけだった。この鬼を城下まで運ぶのは
重労働であったが、領主、大岡忠安のもとに
届けられた。大岡は、鬼の正体が南蛮人であ
ろうという考えが正しいと思った。船長は、
大岡の命令で手厚く葬られた。人としてでは
なく、あくまでも鬼としてではあるが。墓の
たてられた場所は、今でも残っている。誰言
うとなく、その辺りは鬼塚と呼ばれるように
なった。ちなみに、今日でもこの辺りには鬼
の付く地名が多い。八鬼、九鬼、鬼地、鬼が
城、まだまだいっぱいある。人目を避けてい
た伯爵達も、結局はあちらこちらで目撃され
ていたのであろう。
第 4 章 ガルソウの反乱 ガルソウら船乗りの一部が反乱を起こし、悪鬼と化す。
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