第2章



 例の鬼が出たという騒ぎがあった里から、 北の方に向かって川を三つ越えた小高い岡の 上に領主の城があった。領主の名は大岡忠安 。今の領土は狭いが、隣国を攻め盗り大大名 になろうという野心は、この男にもあった。
「猿、どうであった。鬼は本当にいたか」
「お館様、鬼の噂は本当にござりました」
 忠安はさして驚きはせず、何だか一人で納 得しているようであった。
「して、鬼の様子はどうであった」
諜報活動を一手に行なう、言わば影の軍団の 頭がこの猿と呼ばれる男であった。しかし、 一部の者しかそれを知らないし、猿は親の代 から重臣の一人であった。歳はまだ若かった 。温和な人柄が領民からも愛されていた。こ の鬼に関する情報は、もちろん配下の者を使 ってのものではあるが、自分自身の目と耳も 直接働かせていた。
「賀田の里より五里程西の高代山に大きな洞 穴があり、そこに暮らしておる様子にござり ます。全部で十七匹。女の鬼が一匹、あとは 男でござります。どれもこれも見かけぬ風を し、何だか分からぬことばを話しておりまし た。それに身の丈は、六尺を超えた赤鬼や青 鬼、茶鬼、黒鬼と、色も姿形もみな違ってお りました。中には身共とさして変わらぬ大き さのものもいました。ただ不思議なことに、 鬼達の首領には何か貴賓が感じられたよしに ござります。色も白うございましたし、その 女房の髪は金色で美しゅうさえ見えました」
「美しい鬼か。地獄絵とはだいぶ違っておる のう。堺の商人が話しておった南蛮人のこと を覚えておるか。その風貌に似ておらなんだ か」
「ご明察どうり。鬼達の正体は異人かと思わ れまする」
「よし、分かった。評議じゃ。みなを集めよ 」
 いつものように大広間にて、重臣たちの 評議が行なわれた。
「中村氏(猿の本名)によれば、鬼達は昨年 の嵐で難破し、領内に漂着した南蛮人である とのこと。さぞ難渋しておるであろうから、 さっそく使者を出して、保護してやってはい かがか」
「いや、とんでもござらぬ。聞くところによ ると、畑を荒らされ、牛馬を奪われた多くの 領民が鬼達を恐れ、お館様に直訴した者もお るというではないか。即刻、兵を出して鬼達 を残らず討ち取るべし」
「それは、あまりにも短絡的な思案。南蛮人 なら何か役立つ情報や技術を持っておるかも しれず、今後の良き交易相手となり得るので はないか。国益のため、手厚く保護すべきで ある」

 人道的な見地にたつ者、異物への無条件な 拒否反応を爆発させる者、国益最優先を唱え る者と意見はいろいろと出る。しかし、封建 制の時代に多数決はない。領主が最後の決定 を下すのである。
「南蛮人を保護する。ただし、表向きは鬼成 敗としての兵を出し、南蛮人が領内にいるこ とを広言してはならぬ。わしは、領民たちの ために鬼を退治し、国のために異人を助ける 。高代山の鬼退治に誰か行く者はいないか」
 「猿めにお任せを。十七匹の鬼どもを残ら ず成敗し、その後、南蛮人を領内に無事連れ てまいりまする」
忠安の意図を一番察しているのが、いつもの ようにこの猿であった。翌朝、日の出前に二 百もの兵が、物々しく出立した。城下と近隣 の村々にもすぐにその噂は広がり、沿道に立 つ人々は、武装兵たちを頼もしく思い、領主 に感謝もした。

 猿の率いる兵達が、高代山の麓に着いたの は夕刻となり、川原で野宿することになった。 これは予定の行動で、以前より鬼どもの監視 に当っていた者より、情報を入手する目的も あった。黒い影が、いつのまにか猿のもとに 跪いていた。
「お頭、鬼どもが今日未の刻(午後三時過ぎ) 仲間割れし、一匹が死にましてござります」
「なんじゃと。それで鬼どもはどうなったん じゃ」
「鬼の首領たち四匹は東の方に、後の十二匹 は古座領内に逃げ散りました」
監視役は、申し分けなさそうに答えた。南蛮 人の首領と話し合い、身振り手振りではある が、とにかく一人残らず、平和的手段で保護 してしまおうという猿の目論見は、最初から 崩れた。
「我らの動きを知られてしもうたな。しかた がない。古座領内に逃げた鬼どもは放ってお く。首領の四匹を捜すのじゃ。わしたちも、 即刻手分けして高代山とその周辺をくまなく 捜索する。鬼を見つけたらわしに報せよ。決 して殺すな。傷を負わしてもならぬ。さあ、 行け」
猿は、配下の者への指示を済ませると、次に 各隊の頭を集め、鬼の捜索に当らせた。しか し、七日たっても鬼を見つけることはできな かった。ただ、鬼の存在を疑うものは誰もい なかった。身の丈が六尺を超す赤鬼の死骸を みんなが見たからである。そして、それから というもの、賀田の里での事件まで、領内で 鬼を見たものはいなくなった。しかし、旅人 から聞く鬼の噂は、領内でも絶えることがな かった。


第 3 章  首狩り族現わる

          由良の国に漂着した南蛮人にとって、戦国の世の日本は、
          まさに首狩り族の支配する島であった。



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