桃太郎一軍が古座領内の最初の関所にさし
かかった時、すでに領主古座盛親よりの迎え
の一隊が彼らを待っていた。猿の手配により
、鬼が島の鬼退治を願いでる使者を送ってい
たのである。この申し出に最初は訝った盛親
も、大岡忠安の息子の器量を見届ける良い機
会と、ついには了承したのである。古座城内
では、型式の挨拶の後、酒宴が催された。初
見より桃太郎とその家来、猿、犬、雉をじっ
くり検分していた盛親は、彼らの非凡さに圧
倒されていた。ついには家臣一同の前で、桃
太郎をゆり姫の婿に欲しいと言い出した。盛
親には男子の子はなく、長女ゆり姫の婿にな
るということは、いずれは古座領主になると
いうことである。由良と古座は、この戦国の
世にお互い争ってきたが、最近は由良の方が
その国力を優勢としていた。しかも、目の前
にいる桃太郎とその家来の異才を見るにつけ
、由良と争うことの危険を悟ったのである。
是非ともこの婚儀を成立させようと盛親は熱
心であったが、鬼成敗が終わるまで勘当の身
であることを理由にして、桃太郎にうまく返
答を交わされてしまった。盛親もあまりしつ
こくするのは憚ったが、今度は鬼退治に加勢
すると言い出した。桃太郎は丁重にこの申し
出を断り、ただ龍神の滝への参拝の許可と鬼
が島へ渡る舟と船頭の借り受けの協力を願い
でた。即刻、この願いを盛親は承諾し、さら
には古座家伝家の宝刀、龍神の剣を桃太郎に
惜し気もなく授けた。酒宴は秋の夜長がどっ
ぷりと更けるまで続いた。
前夜の酒も覚めやらぬ早朝、桃太郎一軍は
出立した。途中、龍神の滝にて戦勝を祈願し
、目指す鬼が島を目と鼻の先に見ることがで
きる岬へと行軍した。猿の手配により、岬に
ある小さな漁村に宿営した。この村から鬼が
島まで、泳ぎの達者な者であれば泳いで渡れ
るほどであったので、鬼どもに頻繁に荒らさ
れていた。やっとのことで生き延びた者も飢
え、村は壊滅状態であった。桃太郎は村民を
すべて保護し、船頭を募り、充分に合戦の準
備を整えていたが、なぜかすぐには動かなか
った。
この桃太郎率いる一隊の存在は、す
でに鬼が島の統領ガルソウにも知れていた。
しかし、一向に攻め寄せてくる気配がないの
と、二十人にも満たない寡兵だったので、す
っかり侮るようになっていた。この頃、ガル
ソウのもとには、二百人にものぼる鬼どもが
その手下になっていた。あちこちの村を襲う
内に、その数は増えるばかりであった。悪鬼
と化した者は、元は農民、漁師、野武士など
で、飢えに窮したあげくの果てであった。食
うために人の心を失った者ばかりである。
秋晴れの日が続き、村から鬼が島がはっき
り見えていた。鬼どもは一応の用心をしてか
、村に渡って来ることはなかったが、相変わ
らず桃太郎一軍もまったく動かなかった。
日毎、涼しさを増していたが、この日は生
暖かい南の風が吹いていた。昼すぎには、か
なり風が強くなり、白波が立ちはじめた。そ
して、この時ついに桃太郎の命が下った。夜
半の出陣のための最後の軍議と舟の準備がな
された。しかし、いざ舟を出すという時に、
船頭が舟を出すのを渋りだした。船頭達が海
に出るのを拒絶するのは、尤もなことであっ
た。風は喚き、波は轟き、雨は滝と化してい
た。こんな嵐の中に舟を出すのは、まさに自
殺行為で、鬼が島に到達するのは絶対不可能
だと誰にも思えた。その時、桃太郎が剣を抜
いて頭上に捧げた。兵も船頭も何が起こるの
かと固唾を飲んだ。
「者ども、見よ、この剣を。龍神の滝に必勝
を祈願した折り、わしはこの龍神の剣を授っ
た。龍神が二千年もの長きの間、鬼神の来た
るのを滝壷にて潜み待っておったのじゃ。仏
の楽土を護る鬼神のみが佩くことを許された
龍神の剣じゃ。見よ、この神機を」
桃太郎は、みなを一喝すると、傍らに置いて
あった兜にその太刀をあびせた。稲光が天空
より龍神剣に走った刹那、鉄の兜は見事に切
れていた。兜の置いてあった岩までも、桃太
郎が一心に振りおろした太刀の痕をくっきり
と残していた。この漁村は、この後、兜切村
と呼ばれるようになった。それはさておき、
この龍神剣の奇跡を目の前にして、全軍恐れ
戦いた。龍神剣を天に捧げているのは、あの
若武者桃太郎ではもはやなかった。そこには
、龍神が起こす嵐と一体となった鬼神の姿が
あった。
もはや鬼神の軍となった兵や船頭に、恐怖
というものはなくなっていた。山をも呑み込
むような大波の中に、四艚の舟が一斉に突っ
込んでいった。
「怯むな。漕げよ、漕げ。力の限り漕ぐのじ
ゃ。龍神の風は我らの味方ぞ」
龍神の暴れ狂う嵐の激しさの中でも、鬼神の
吠える声は鋭く通った。そして、一陣の突風
が大波を呼び、舟はその波とともに一挙に対
岸の鬼が島の浜に打ち上げられた。全軍無事
、襲いかかる波にもまれながらも砂浜にはい
上がったが、舟はすべてあっと言う間もなく
波の怒号に呑まれ、沖へと消えていった。引
くことを許されない桃太郎一軍は、滝のよう
な雨に打たれながらも、浜から崖をよじ登っ
た。
「船頭衆、ご苦労であった。おまえ達は
この岩陰にて朝まで潜んでおれ。我らが、鬼
の首を挙げて戻るまで、絶対に姿を見せるな
。明朝、迎えの舟にて共に村に帰る。船頭衆
、よいな」
仕事を終え、再び恐怖心を抱くようになった
船頭達を励まし、指示を与えた後、すぐに桃
太郎一軍は、鬼の砦に向かった。こんな嵐の
夜である。見張りなど一人もいなかった。
「猿よ、犬よ、雉よ。天の道はこの一戦にあ
り。鬼神の兵に勝あるのみ。悪鬼どもに天の
成敗を降さん。義ある者は、わしにつづけ」
一軍は作戦どおり、桃太郎、猿、犬、雉の各
隊に分かれて、砦内の小屋を次々に強襲した
。突然の一軍の侵入により、鬼どもは為す術
もなく討たれた。それに猿の配下の者が、口
々に
「刀を捨て降伏する者に、過去の罪は問
わぬ。由良領にて必ず取り立て致す」
と叫ん
で回ったので、新しく手下となっていた鬼ど
もは、みんな戦意をなくしてしまい、多くの
者が降伏した。また、ガルソウ達英国船員は
、桃太郎軍が叫ぶ英語にも多いに動揺した。
「武器を捨てて降伏すれば、英国に送り返
してやる。降伏しろ」
犬と雉がこの文句を教え、猿の配下の者が叫
んで回ったのである。実際、ガルソウ他二人
を除いて、英国船員は全員降伏した。
鬼どもは追い込まれ、ついにはこの島にあ
る一番大きな洞穴に立てこもった。しかし、
すぐに発見され、砦を完全に掌握し終えた桃
太郎軍が、早くもこの洞穴の入り口を囲んだ
。鬼が島の鬼が、この頃にはまだ数の少なか
った種子島を使用して、古座の正規軍にも優
勢に対していたのを桃太郎は知っていたので
、充分注意して戦っていた。五挺ある種子島
のうち、四挺まではすでに接収していたが、
まだ一つが鬼の手にある。そのため、無闇に
洞穴に突入しないでいた。嵐の中に静粛が生
じた。だが、その静かな一瞬が一人の男によ
って、嵐に引き戻された。あの桃太郎を訴え
た次助が、唸り声を挙げて洞穴に突っ込んで
行ったのである。桃太郎の制止する声に闇の
中からこだましてきたくすんだ銃声が重なっ
た時、次助がばったり倒れた。それを見た桃
太郎軍は、血ぶるいして一斉に突入した。瞬
く間に、洞穴に逃げ込んでいた鬼どもは討ち
取られた。しかし、桃太郎の前に剣を投げ出
して跪く鬼が一匹いた。
「ガルソウ、お前だけは許せん。剣を持って
戦え」
犬と雉が身構えた。
「犬、雉、それはならん。たとえ、父、母、
船長の仇とはいえ、降を申し出た者は助ける
と約束したはず。我らは、義に生きる士じゃ
」
桃太郎が犬と雉を抑えようとした瞬間、ガ
ルソウが剣を拾って、桃太郎に切り掛ってき
た。殺気を察して振り向きざま、桃太郎は剣
を横に払った。ガルソウの首が、血に吹き飛
ばされて地面に落ちた。その目は、桃太郎を
見た時の驚きをそのまま留めていた。まさか
伯爵の子に殺されようとは、夢にも思ってい
なかったのだろう。鬼が島の鬼は成敗された
。
空が白み始めた頃は、昨夜の嵐が嘘の
ように快晴となった。狼煙の合図により、迎
えの舟が多数やってきた。鬼の捕虜を連れた
桃太郎一軍が村に上陸した時には、古座盛親
が直々迎えに来ていた。古座軍が一斉に勝ち
どきを挙げた。
そして、この鬼退治の日から長い長い年月
が流れ、いつしか桃太郎は伝説の人となった。
第13章 浦島太郎現わる 浦島太郎の案内で、桃太郎一行は祖国へ帰ることとなる。
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