第11章



 ぎらついた陽射しもようやく緩み、日中で も肌に当たる風に爽やかさが感じられだした 頃、桃太郎の元服の儀が厳かに執り行われた 。父の一字をもらい、大岡忠政桃太郎と改名 された。儀式と披露宴を終えた翌日、桃太郎 は、ついに意中の鬼成敗の件を父に願い出た 。
「鬼の子と人に疎まれていた卑賎のこの私を 、我が子としてお育て戴き、お礼の申し上げ ようもございませぬ。元服致しましたからに は、一身を捧げて、大岡の名を天下に示さん ものと誓っておりまする。しかし、大岡の名 を戴きましても、私が鬼の子である事実は変 わりませぬ。鬼には鬼の道があり、鬼には鬼 の戦がござりまする。幼少の折り和尚の教え を戴き、悪鬼でもなく善鬼でもない鬼神の道 を歩まんと誓い、精進と修練に励んでまいり ました。これ即ち、鬼神の戦をせんがための 修業にござります。聞くところによりますと 、古座領の鬼が島に巣食う鬼どもが、非道の 限りを尽くし、民を塗炭の苦しみに陥れてい るとのこと。父上にお願いの義がござります る。何卒、この桃太郎の初陣に、鬼が島の鬼 成敗をお命じ下さいませ」
「突然、何を申すかと思えば戯けたことを。 桃太郎、正気の沙汰か。そんなことは絶対に 許さん」
忠安は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「父上、何卒お許しを。もしお許しを戴けね ば、・・・」
忠安が、床板に額を付けて一心に願う桃太郎 の言葉を遮った。
「そちが、故事にならい臥薪嘗胆してまで、 意に期していたのはこのことであったか」
忠安の口調も穏やかなものに戻っていた。
「よし、そこまでの決意ならば、そちの望み を叶えてつかわす。だが、鬼が島への初陣は 許さん。そちの望んだ逐電に目をつぶってや るだけじゃ。今からお前は、わしの子ではな い。勘当じゃ。何処となと好きなところへ行 ってしまうがよい。但し、鬼が島にて鬼の統 領の首級を見事に討ち取った暁には、そちの 勘当は解いてつかわす」
「父上、有難うござりまする」
嬉しさのあまり、桃太郎は何度も何度も床に 額を叩きつけた。
「ところで、桃太郎。兵はいかほど連れてい くつもりじゃ」
「逐電する素浪人の身でござりますれば、た だ一騎にて合戦致しまする」
「そちは、犬死にするつもりか」
「いいえ、ただ一騎とはいえ、兵を動かす限 り、勝算の無い戦を行なう将が何処におりま しょう。それに由良の強兵が古座領に入りま すと、鬼の成敗どころか古座と合戦になりま する。父上のお力にて将と法は得ようとも、 古座との戦に道、天、地の利はございませぬ 。私も父上の子、大岡の名を天下に辱めるよ うなことは致しませぬ。鬼が島の合戦は、桃 太郎の勝ちにござりまする」
「よし、武士に二言はなし。鬼の首を取って まいれ」
 即日、評議の場にて桃太郎の勘当の件が家 臣にも知らされた。桃太郎の兄忠長や多くの 家臣が、古座との合戦を覚悟のうえの鬼が島 への出兵を主張したが、領主忠安に聞き入れ られなかった。桃太郎は、単騎、鬼との合戦 に臨むこととなった。しかも、彼にとって初 陣なのである。

 逐電とはいえ、領主忠安の了承のもとであ る。桃太郎は、堂々の出陣を行なった。忠安 への挨拶を終え馬上の人となり、多くの見送 りの中を進んでいった。単騎とはいえ、その 行軍には気が満ち溢れている。若武者の初陣 の初々しさよりも、一騎当千の豪気が漂って いた。ただ、この桃太郎の勇姿を涙に曇らせ て見送るほか、術を知らない者もあった。つ つじ姫である。もうこれで桃太郎には一生会 えないのではないかという思いが、なお一層 彼女の恋心を燃えさせた。桃太郎の豪気と同 様、つつじ姫の恋の炎も永劫に燃え尽きない 仏土を護る火焔のようであった。

 鬼が島への道筋には、賀田の里がある。そ して、山向こうには、桃太郎の実の両親が眠 る墓もある。しかし、この戦を親の仇という 私心ではなく、仏土を護る鬼神の戦とする彼 は、墓には立ち寄らなかった。賀田の里の爺 さまと婆さまの家をまっすぐに訪れた。桃太 郎の初陣の晴れ姿に爺さまも婆さまもたいそ う喜んだが、鬼成敗の合戦と聞いて多いに心 配もした。また、婆さまのたっての願いもあ り、桃太郎は翌朝里を発つことにした。夕食 には、質素ではあるが婆さまが腕を振るった 料理がだされ、桃太郎には何よりの御馳走で あった。

 翌早朝、桃太郎が出立する時、婆さまが沢 山の吉備団子を持たしてくれた。夜中に爺さ まと婆さまが作ってくれたものである。桃太 郎は感謝して、大好物の団子の袋を腰に縛り 付け、馬に跨がった。早朝とはいえ、里中の 人が桃太郎の出陣を見送った。

 賀田の里を離れて少し行くと、道添いにお 地蔵様が立っている。そして、その傍らに旗 を一本持った男が一人立っていた。猿である 。
「猿、そんな所で何をしておる。それにそ の鎧姿はなんじゃ」
「若殿の初陣のお供に仕りました」
「いや、ならん。わしは勘当の身、父上の兵 を用いることはできん」
「それはご心配には及びませぬ。この猿も、 お館様にお暇を願い申し上げた次第にござり まする。今や主をどなたと仰ごうが、勝手と 相成りました。どうぞ鬼退治のお供にお加え 下さいませ」
「仕方がないの。だが、一つだけ申しておく 。この戦は、私利のためではなく、仏土を悪 鬼より護る義戦である。勝っても恩賞はない ものと思え」
「恩賞など、もとより望んでのことではござ りませぬ。ところで、そのお腰の袋の物は婆 さまの吉備団子ではございませぬか。それを 一つ戴ければ、値千金にござりまする」
「婆さまの団子はうまいからの。よし、わし につづけ」
この猿の参加が意味するものは大きい。由良 の諜報組織の長である猿がいれば、間を用い たあらゆる戦術が可能となる。事実、古賀領 にも鬼が島にも猿が放った間者がすでに植え 付けられていた。

 桃太郎と猿が浜辺に差し掛ると、大きな男 が一人立っていた。犬である。
「犬よ、まさかお主も許寺克信の館を抜け出 して来たのではあるまいな」
「御意にござりまする。義の誓いは血よりも 濃いはず。生まれた時は別でも、死す時は同 じでござりまする」
「分かった。士が義に生きるは誠の道じゃ。 わしに従え」
犬が、馬に乗ろうとしたちょうどその時、蹄 の音を轟かせて、武者軍馬一体となった真っ 黒な疾風が駆けてきた。見れば雉であった。
「お待ち下され。雉にござります。しばらく お待ちを」
その声の大きさに波も砕けんばかりであった 。桃太郎の前に出るや、雉は下馬して跪いた 。
「義兄弟の拙者一人を残して行かれるとは 、そもそもどういうご了見か。生まれた時は 違っても、死ぬ時は同じと誓ったはずではご ざりませぬか。全くひどいことをなされる」
 「分かった、分かった、もう良い。いざ、 出陣じゃ」
桃太郎一行は、古座領へと馬を進めた。途中 、さらに犬と雉の家来の十二人の足軽が桃太 郎に従った。その中には、かつて桃太郎を鬼 の子として訴え出た大泊村の次助の姿もあっ た。


第12章  鬼が島の合戦

          鬼神と化した桃太郎が龍神を呼び、鬼が島の悪鬼どもと壮絶
          な戦いを繰り広げる。


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