大岡忠安には、三人の子があった。上から
忠長、桃太郎、つつじ姫で、忠長とつつじ姫
は異母兄弟であった。三人はとても仲の良い
兄弟であったが、特につつじ姫は桃太郎に懐
いていた。桃太郎が養子として初めてこの館
に連れてこられた時、その異相は館の者に戸
惑いを与えた。結局は桃太郎をみんなが遠ざ
けることとなったが、そんな空気を一変させ
たのが、ようやく一人歩きができるようにな
っていたつつじ姫であった。彼女には、桃太
郎が大のお気に入りで、「ももちゃまとあそ
ぶ。ももちゃまとあそぶ」といつも母親と周
囲の者を悩ました。桃太郎もつつじ姫を可愛
く思ったのか、馬になってやったり、鞠遊び
をしてやったりした。その内に桃太郎の明る
く素直な性格が、館のみんなに好まれるよう
になったばかりか、その透き通るような白い
肌と金色の髪は女たちの羨望の的ともなった
。ここでは誰に差別を受けることもなく、桃
太郎は育てられた。
つつじ姫は、そんな桃太郎が自分の兄であ
ることが嬉しくて仕方がなかった。桃太郎の
賀田の里での冒険話を聞くのが好きだったし
、剣術の稽古をしている桃太郎のたくましさ
にも憧れた。そして、いつしかそんな想いは
、少女の胸を悩ませる迄になってしまってい
た。桃太郎が兄としてではなく、一人の男と
して彼女の心に映るようになった。血はつな
がっていなくとも、兄を恋することなどでき
ないくらい分かっている。しかも、戦国の世
の大名の娘は、国と国との政略の道具として
どこに嫁がされるかは、父忠安の胸一つで決
まってしまう。恋するなどということは、つ
つじ姫に存在してはいけないのである。それ
が分かっている彼女に許されることといえば
、幼い時と同じように桃太郎に精一杯甘える
ことだった。館では仲の良い兄妹に心を和ま
せる者はいても、つつじ姫の切ない恋に気付
く者は誰もいなかった。
最近、桃太郎が以前のようにつつじ姫の相
手をしてくれなくなった。顔が厳しくなり、
武術の鍛練や学問に一心不乱で、何かに期す
るものがあるかのようであった。先日、賀田
の里から帰ってきてからのこの桃太郎の変貌
ぶりに、つつじ姫も兄に何かがあったことを
直感していた。久しぶりに二人だけで庭を散
策する機会に恵まれ、彼女は桃太郎がいった
い何を思い詰めているのか尋ねてみたい気持
ちで一杯だった。しかし、桃太郎の前では、
いつも幼子のつつじ姫を演じてしまうのであ
る。
「兄上は、つつじのことがお嫌いになったの
」
「何を申す。わしは、つつじが赤ん坊だっ
た時から、ずっと一番の遊び相手じゃ。こん
なかわいい妹を嫌う法がどこにあろう」
当然のこととはいえ、いつも妹としてしか愛
してくれない桃太郎の態度に、つつじ姫はも
う満足できなくなっていた。
「だって、いつもつつじをお避けになってい
るし、ぜんぜん遊んで下さらないでしょ」
「つつじももう子供ではあるまい。そんなこ
とを言っておると、いつまでも嫁にはいけん
ぞ」
「つつじは、お嫁になぞ行きとうはございま
せぬ。こうしてずっと、兄上のお側にいとう
ございます」
桃太郎の胸に、つつじ姫は顔をうずめて泣い
た。ずっとこのままでいられたら、どんなに
幸せだろうという思いが込み上げてきた。
「兄上、もっと強くつつじを抱いてください
ませ」
この一言に、桃太郎ははっとして、つつじの
顔を見下ろした。それは、あの無邪気なつつ
じの顔ではなく、そこには恋という真剣で桃
太郎に挑みかかる女の瞳が輝いていた。桃太
郎もつつじが大好きであった。しかし、妹と
しての領域を出たものではない。それが、こ
の瞬間、つつじに対する自分の想いが飛翔す
るのを感じた。思い切り抱き締めたい。ただ
、それを辛うじて止めさせたのは、自分を厳
しく見つめてきた理性というものであった。
「そんな幼子のようでは、いつまでたって
も父上は安心できぬではないか。さあ、館に
戻るぞ」
桃太郎は、自分を見つめるつつじの瞳を振り
ほどきながら、歩きだした。つつじ姫も仕方
なく後に続いた。
賀田の里から戻ってからの桃太郎の変化に
気付いていたのは、つつじ姫だけではなかっ
た。桃太郎の学問の師となっている和尚にも
、最近の桃太郎の異常なまでの修練への取組
が気掛かりになっていた。
「桃太郎、そなたの近頃の修業は凄まじいの
。聞くところによると、何か期するところが
あり、臥薪嘗胆しておるそうじゃの。仏を護
る鬼神の道がやっと見えてきたか」
「はい、見えてまいりました。しかし、迷う
ことを恐れております。それ故、臥薪嘗胆し
て、仏の道を見失わないように努めておりま
する」
「その迷いを仏に問うてみぬか。仏に代わっ
て、この和尚が聞いてつかわす」
「はい、それではお願い申し上げまする、和
尚。私は、幼少の折りより自分は鬼の子であ
ると信じておりました。そして、和尚に教え
られ、悪鬼でも善鬼でもない鬼神の道を歩む
ことを誓いました。武将として育てられた私
にとって、鬼神の道とは、万民の楽土を護る
ことでござります。この由良の国を他国の侵
略より護るのも鬼神の道の一つではござりま
しょうが、私はこの世の万民の幸せを願いと
うござります。そのため、元服の暁には古座
領の鬼が島に巣食う悪鬼どもを退治し、仏の
導く戦にて初陣を遂げようと考えておりまし
た。しかし、先日、犬と雉の両名より、私の
出生の事実を知ることとなりました。実は、
私は南蛮人の貴族の子で、両親が鬼が島のガ
ルソウという鬼の統領に殺害されたことが判
明致しました。その時、私は親の仇として、
その鬼の統領を討たんと考えてしまったので
す。それ故、私心に走ることなく、鬼神の道
を歩まんとする思いに些かの迷いも抱かせな
いよう臥薪嘗胆して、自分を戒めておりまし
た」
「御仏もそなたのような鬼神に護られ、さぞ
心強うされておることじゃろう。この和尚も
桃太郎殿の武運をお祈り申そう」
和尚もこの桃太郎の成長ぶりに充分満足した。
第11章 桃太郎元服する 吉備団子をご褒美に、猿、犬、雉が桃太郎の鬼退治のお供と なる。
ホームページへ戻る
1995 OUTDOOR ONLINE CO., LTD